ねずみの恩返し ⑤
アンドレアスは ねずみに
ピアノが弾けないのに おじいさんのために
約束をしてしまって 悩んでいる次第を 話しました
『調律師さん それなら我々に お任せ下さい!
実は あれから子供が90匹も生まれてますし
その曲なら オイラもここで聴いてますので!』
と言った途端 90匹の子ねずみ達が サササーっと
鍵盤やペダルの下に もぐりこみました
180個の瞳が お父さんねずみの指揮棒を 見つめています
そして お父さんねずみが 指揮棒を振り下ろした瞬間
子ねずみ達は 一斉に 鍵盤を押し上げたりしながら
見事にショパンのワルツを 弾き始めたのです!
トーマスおじいさんは 隣の部屋で
静かに鳴り始めた演奏に 耳を傾けていました
あの日のように 色あせたクルミ材の椅子に 深く座りながら
瞳を閉じて もの哀しいワルツを じっと聴いています
左手に しっかりと握られたパイプから
消えていくために生まれた 紫煙が
とめどなく 変化しながら 虚空へ昇っていきます
優しさと 悲しみが 幾重にも刻まれた頬には
閉ざされた瞳から 流れ出た 思い出たちが
ゆっくりと すべり落ちていきました
(ねずみの恩返し 完)