苦い思い出
別に 先祖が ゴン狐だったワケではない
平賀源内も 尊敬している
しかし 杣は 普段 ウナギを食わない
それには もちろん 理由がある
遠州 浜松は小豆餅に 「なかや」 という うなぎ屋がある
大橋ピアノで ピアノ製作修行していた頃・・・ そう 平成が産声を上げた頃
同じ寮生に連れられて 初めて 「なかや」の暖簾をくぐった
カウンターに9席 あとは 4人がけのテーブルがひとつ
夫婦二人による 十分なサービスに適した大きさの 店内では
その どこからも うなぎを捌く調理場を 眺めることが出来る
注文を受けてから ヒョイとウナギを掴み 鮮やかに捌く
そして 焼かれ 蒸され タレと共に 再び 焼かれる
その無駄の無い動きと 香ばしい匂いに 待ち時間も充実してくる
数年ぶりに お会いしたマスターは
不思議なことに ぜんぜん年を取っていなかった!
この分では 近いうちに 杣のほうが 追い越してしまいそうである・・・
話を伺ってみると 自転車で 毎朝数十キロ 走っているそうだ
なるほど 若いワケである
もう 20年ほど 病気もしていないと言う・・・ 凄すぎる!
そうこうしているウチに うな重が 目の前に登場する
お吸い物には 胃 腸 肝臓といった 肝が入っている
箸で うなぎを 縦に裂き 一口サイズに切断して ほおばる
香ばしく 鮮明な輪郭の歯ごたえ
そして ふっくらした 重和音のような肉感が続く
タレの滲みた御飯も 最高のコンティヌオとなっている アンサンブル
通常なら 本を読みながら食事をしたがる杣であるが
ここ なかやでは 鰻のハーモーニーに 恍惚とさせられ
ただただ 沈黙に憑依され 黙々と食することに専念してしまう
今回は うなぎ土佐 と称する料理も 御馳走になった
白焼きの鰻に 香草がふんだんに降積しており
生姜と土佐酢の清涼感・・・ まったく新しい 鰻の可能性に 唸ってしまう
途中 小さな 生の胆嚢も 馳走になる
プリっとした表皮を 噛み砕くと
ギッシリとした苦味と ほのかな甘みが 口中に広がる
ふと 浜松に赴き うなぎを喰らいたくなったら
駅前で 50番のバスに乗り 「小豆餅」という停車場で 降りるとよい
「なかや」の看板は バス停の数メートル先に ひっそりと佇んでいる
極楽浄土への 片道切符は 僅かに 310円である
ただし あえて言っておく
「なかや」は 罪深い店でもあるということ
ここで 一度でも うなぎを食するなら
幸福は束の間で 地獄が永遠に続く
他の店で うなぎが食えなくなってしまうのだ
ま その覚悟があるのなら 諌めはしまい
その覚悟を 持たずに 20年前 暖簾をくぐったばかりに
杣は なかや以外で 鰻を食えなくなってしまったのだが・・・








































