2008.10.30

死線を越えて

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カラフルな時代になった


コピーも 写真も 天然色で
誰もが 容易に 撮影し 複写する
そして 誰もが 容易に 捨てていく


何か カメラに収めたい光景に出くわした時
自分の場合は その状況や 造形だったりする


カラー写真は そうした心情より
あまりに忠実な再現をしてしまうため
色がうるさくて うまく表現してくれない


単色の写真は
表情や アングルを 忠実に再現してくれる
カラフルさに 邪魔されることもない


・・・・・・・・・・・・・・・・


ステレオな時代になった


手のひらに 収まる ウォークマンでさえ
やたらリアルに 音を再現してくれて
ミスの無い 綺麗な音楽が 耳にだけ飛び込んでくる


リハーサルで 会場をうろつくと
様々な位置では 様々な響きが 聞こえる


演奏者の 細やかな魂が 
忠実に届く場所
演奏者の 大胆な解釈さえ
曖昧で 届いてこない場所


モノラルなレコードを 聞いていた頃
そこには 体温のある音楽だけがあった
鮮明さを超越する リアリティーがあった


・・・・・・・・・・・・


カラフルな時代になった
刺激的な時代になった
便利な時代になった


感じたものを 等身大に伝えるのは むつかしい
言葉を どれだけ沢山 知っていても
案外 沈黙の方が 雄弁に語ることさえある


レモン千個分の ビタミンが入った飲料よりも
たった1個のレモンの栄養を
完全に吸収できる臓器の方が うらやましい

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2008.08.28

K379 第1楽章

雨の朝


アジトには モーツァルトのヴァイオリンソナタが 溢れている
郷愁に満ちたメロディー それでも 力強い骨格
ふたつの魂が錯綜するアンサンブル 和らかな空間


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旅から帰宅すると たくさんの郵便物が ポストを満腹にしていた
督促状が無いことを確認し とりあえず 安堵する
そして その中に 厚い郵便物があった


2枚のCDと共に 達筆で丁寧な手紙を したためて下さったのは
先日 下田でお会いした 湯布院の先生だった


下田での労をねぎらって下さり 新しい5度圏図を進呈したお礼の言葉が続き
そして かつて 共に仕事したエピソードなどを 添えて下さった


「疲れたなと思われた時 K379の第一楽章などを聴いてみて下さいますか」


結ばれていく 心のこもった言葉の数々に 胸が熱くなった
そして 早速 K379から聴きはじめた
それは 疲弊しきっていた心と同じ浸透圧を持ちながらも 
大きなエネルギーに満ちていた


先生は 父と同じ年齢でありながらも
今なお 音楽家であり 
先生の中で濾過された 幾重もの経験と思慮が 音として空中に放たれる


そして 路傍の調律屋に対しても 
このような 優しさと配慮で 包んで下さる
先生の音楽は 先生の人間性 そのものである


唐辛子とニンニクに満ちた 刺激的な夏は終わった
再び 僅かな塩だけの粥のような 優しい日々に戻ろう
先生のモーツァルトは そんな滋養に満ちていた 

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2008.08.27

古本の奥行

仕事がら 待ち時間が長く 移動時間も長い
なおかつ テレビが無いことも手伝って
何かに集中しなければ いけない時間以外は 
本を読んで その隙間が キッチリ埋められる


ほとんど 本屋ではなく 古本屋で 本を購入する
安いという 最大のメリット以外にも
誰かが読んだ本というのは 誰かの痕跡が残っていることが多く
同じ活字を その人は どのように読んだのか 興味が湧く


時々 御丁寧に線が引いてあったり レシートが紛れていたり
ページの隅が折られていたり 食べ物のシミがあったり
きっと 僕も 知らず知らずのうちに そうした痕跡を残していて
次に読む人を 苦笑させているのかも知れない


古本は 本を読む以外にも 様々な世界を広げてくれる
無限と思える本と 読者の中で 同じ本を共有した偶然
読書は 作者と読者の 1対1で進んで展開していく世界だけれど
僕の 前と後の読者を含めて もうひとつの次元が存在している


(MIXY GZ27)

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2008.08.16

可能性の誕生

大きくても 小さくても
自由というのは 厄介なものだ
人間がルールを考え出したのは
恐らく 楽するためだったのだろう


そもそもは 太陽の光のように
まんべんなく 強烈に 自由は存在している
眩しいから 暑いから 
影を生み出す ルールを翳して 光をしのぐ


ようやく辿り着けた 安住の影のエリアから見れば
光輝く ルールの外は 確かに眩しく映ることだろう
人間同士のルール 心の中のルール
それは 裁くためではなく 楽をするための叡智


俳句の17文字だけで 小説以上の世界を展開することができる
僅か16小節の音だけで 交響曲を凌ぐ世界を響かせることができる
ルールの外の自由を 生きていくのは難しいけど
ルールの中の自由を めいっぱい生きられれば 楽しいだろうな


(MIXY H512)

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2008.08.15

踊れクーロン

ムチャに動かせば 熱が出てしまうくらい
全ての モノとモノの間には 摩擦がある
摩擦が無ければ もっと もっと
楽チンに 生きていけそうな気がするけど


でも 物と物の間に 摩擦が無ければ
ヒモは縛れないし ネジも効かないし
動き始めたら 決して止まれないし
だから 僕たちは 生きてゆけない


そして 者と者の間に 摩擦が無ければ
向上心は生まれないし 感動も出来ないし
憎むこともできなければ 愛することもできないし
だから 僕たちは 生きてることが 分からなくなる


摩擦は ひっそりと 引き合う力
あるいは しっかりと 惹き合う力
静の安定と 動の安定を 尊重したり 壊したりして
エネルギーを 浪費したり 生み出している


(MIXY G920)

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2008.08.14

見えない傷

真鍮の板を 切り出して 整形して
穴を開けたり 細工をしたり
見える部分の部品だったから
最後に ピカピカに磨いた


磨くという作業は
キズをつけるということ
今ある傷より もっと細かく もっと沢山キズつけて
ようやく 前の傷が 消えていく


そして それを何度も繰り返して
肉眼では 見えない傷を 無数につけていくと
いつしか 輝いているように見える
ピカピカに 光沢を宿しているように見える


たくさん 傷ついて 傷ついて
人間も磨かれていくのかも知れない
ピカピカの真鍮に映った 僕の顔は
まだまだ 曇っていた


(MIXY G425)

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2008.07.04

7月4日に生まれて

今日は オヤジの誕生日
朝 実家にFAXを 祝電として送り
先ほど 返報が届いた


オヤジ おめでとう!


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7月4日といえば アメリカの独立記念日である


トム・クルーズが主演した 「7月4日に生まれて」という映画でも
アメリカと同じ誕生日の青年が 祖国の為に 献身したものの
やがて 反戦運動へと転向していく様子が この日を軸に描かれていた


杣にとって 非常に興味深い 7月4日にまつわる エピソードがある


それは 1776年7月4日 独立宣言に関わった 二人のアメリカの政治家
トーマス・ジェファーソン と ジョン・アダムス が
50年後の 1826年7月4日 同じ日に 亡くなっていることである


もちろん ただの偶然なのだが ぴったり半世紀後の同じ日に
二人が 亡くなるというのは なんだか 妄想を刺激してくれる


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実は 7月4日生まれというのは 
映画の中の ロン・コーヴィック以外に
3人もの人物を 知っている


そのうちの一人は KAPT(韓国ピアノ調律師協会)の
ソ・サンジョン前会長である


彼とは 2004年の夏に 初めて お会いしてから
なんやかんやで いろいろなトコロで お会いして
お世話になっている


去年の9月に 訪日して 新大久保で飲んだ際に
誕生日が 7月4日だと教えてくれて
「オヤジと同じ誕生日だ!」と騒いでは 何度も乾杯した記憶がある


ウリ アポジ 
ソ フェジャンニム
センイル チョンマル チュッカハムニダ!


今年の夏は 実家と 韓国に赴いて
少し時差のある 「おめでとう!」を
直接 伝えられそうだ!


お二人が 今年も健やかで
そして もっともっと 長生きできますように!


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2008.06.19

紫に笑える日まで

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重たい自由を ゆっくりと 引きずりながら
カタツムリは シャワーを浴びて ちょっと御機嫌
紫陽花の葉は その重さで ムッツリとカシいでるのに


せっかく笑った 花達だけれど
今宵の空は低すぎて 満月には 会えないみたい
枯れてゆくまでに 月は 何回 笑ってくれるだろう


空が泣くほど 笑う紫陽花
空が泣くほど 滑るマイマイ
空が泣くほど 歌うカワズ等


密かに溢れた 涙の分だけ
心の奥の 紫陽花は笑ってくれる
そして いつか 紫陽花は 陽の下で 紫に笑ってくれる


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2008.06.17

鮮やかな緑と 穏やかな痛みと

青汁を飲んでいる時
何故か その飛沫が 真っ白いTシャツに かかってしまい
思わず アチャと 落胆したものの


白地に くっきりと存在する 緑の点は
あまりに 美しい色をしており
しばらく 見とれてしまったりする


かと思えば 
全身に青汁を 塗りたくれば
自分も光合成が出来るかも などと同時に考えていたりする


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感じたり 考えたり している時
それは 幾重もの処理が 同時に行われていて
それを記憶したり 表現したりするのは 難しい


感じている時には 比較的 シンプルな直線なのだけれど
考えている時には 様々な情報と 融合分裂を繰り返し
澱のように沈静化まで 思考は不規則な浮沈の中を漂っている


脳の中で生じる 思考の化学反応は
極稀に 新しい閃きを生み出してくれて
その閃きを 思考によって 培養し活性化させてみる


それだけなら 毎日 さぞ楽しいことだろう
しかし現実は その反対の現象ばかりが 活発になっていて
創造力は妄想力と化し 妄想は暴走して 暴走は自棄へと豹変していく


これが 社会の溶液の中で 自分の位置を嘆くと 不幸である
自棄は 他人との摩擦係数による 熱を求めると
無差別で無謀な病想へと 繋がってしまうものらしい


ナニも考えたくない時 考えてはいけないと思える時
ただ ひたすら 筋肉を苛める
筋肉は 過剰な期待を戒め 正直に痛みを訴えてくれる


無法地帯で ブレーキの存在しない 思考の世界と異なり
肉体は 常に限界を提示し それ以上の意志の有無を
確認するが如くに 苦しみと痛みで 挑発してくれる


新しい朝日の中で 青汁の緑は 新鮮な感動の飛沫だった
それは 青と黄の融合ではなくて
生まれた時から 完全な緑なんだと 誇っているようだった


そのシャツの下で 穏やかに痛む筋肉が
生の負荷からの逃避を 無言で叱責してくれて
鮮やかな緑と共に 生きている感謝を 喚起してくれた
  


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2008.05.02

透明な装飾

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名前は知らないが
商店街の電柱や 電燈にくくりつけられている
この 花のような装飾は 意外に 効果があるように思える


駅前から 商店が続いている 昔ながらの商店街
その多くは この 装飾が 何気なく飾られている


しかし この装飾が なくなった途端 
なんだか 商店街から 普通の道になった錯覚を覚える
たとえ 店が並んでいても もはや 商店街外に思えるのである


注意して この装飾を見ているワケでは無いのだが
視界のどこかに しっかりと登場していて
華やかさと 賑やかさを さりげなく演出しているのだ


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美術館に 絵画を見に行っても
杣の興味は 半分以上 絵の額縁にある


この額縁が なかったら この絵は
どんな印象になるのだろうか


この額縁と 隣の額縁が 入れ替わっていたら
どんな印象になるのだろうか


絵のみに注視しているようで
しかし 実際には 額縁も視界に存在しており
たくさんのイメージの 増減に作用している


こうした 人間の特性を 
密かに利用したモノって
きっと もっと たくさんあるのだろう


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


楽器の装飾でも 同じようなコトがある
チェンバロなんかは カラフルさに目を奪われるが
それを 額縁のように 安定させ 格調を上げているモノがある


それは 楽器の要所要所に 施された モールディングである


普通 人は このモールディングに注目しないが
モールディングの ささやかな オウトツは 
光の陰影を作り出し 胡椒のように 引き締めてくれている


それは 時に 華やかさを 
時に 安定感を 与えてくれる


さりげないけど 結構 効果がある
透明のような装飾は
製作者のセンスが露呈してしまうから・・・ トホホである

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2008.04.30

幸福までの距離

あまり 近づき過ぎると
見えるモノも 見えなくなるようだ


だから イヤなことは
思い切り 近づけてしまえば
いいのかも知れない


幸福までの距離は
ほどよく 離れている方が
いいのかも知れない


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2008.04.24

小雨の渋滞

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小雨が降っている
仕事を終えて 駐車場まで 小走りで向かう
エンジンをかけて 滲み始めた視界を ワイパーで振り払う


幾つめかの交差点で ルームミラーを調整する
車に乗るたびに ルームミラーの高さを 少しいじっている
朝と夜で 自分の身長が これほど違うものかと 苦笑する


この分だと 毎日が朝だけだったら
いつか ガリバーになってしまうだろう
夜も ちょっとは ありがたいものだ


ブレーキランプが 果てしなく続く幹線道路
いつものことだが 渋滞は 気分を3割ほど重くする
心は加重されると 苛立ちを孕むようだ


突然 大きな外車が 強引に割り込んできた


高級外車の前では 軽自動車は 減速すると
教習所で 習ったかのような 信仰心だ
イライラしながらも かすかに 感心してしまう


そういえば 高速道路で渋滞していて
平気でロカタを 突っ走っていくのも だいたい 外車である
金持ちと 品格は 反比例するのだろうか


いや 貧乏であっても 品格の無いドライバーが
ドアの窓に映っていたので 妄想の暴走にブレーキをかける
あの強引な割込が 自分に出来ないのは ただ 勇気の有無の問題のようだ


三ツ矢サイダーのようなエンブレムがついた その車のドライバーを
ソウルの街中で走らせる妄想に ギアチェンジしてみる
恐らく すっかり萎縮することは 間違いないだろう


どこからか 緊急自動車のサイレンが聞こえてくる


窓を開け 音源を捜す 
首を伸ばして まわりを クルクル見回す
どうやら 後方から 救急車が近づいてきているようだ


周辺にも 状況把握の波が 静かに伝わったらしい
渋滞の僅かな車間を利用して 前方から
ドミノ倒しのように 車が左右に分かれていく


救急車のサイレンは 「どいてくれ どいてくれ」と悲痛に聴こえる
そして 紅海を渡るモーゼのように 車列の中央を 慎重に抜けていく
通り過ぎて サイレンの音は 「ありがと ありがと」と 言っているようだった


音程は 気持ちにまで ドップラー効果を及ぼすようだ


ふと気付くと 三ツ矢サイダーの運転手も
必死に車を 左に寄せていた
車幅が大きいせいか 苦心したようだ


なんだか その動きは 少しだけ滑稽で
そして よく分からないんだけれど 少しだけ嬉しくなった
それは うまく言えないんだけれど 少しだけ優しい気分にしてくれた


ふと気付くと 雨が止んでいた 
西の空は 重い雲の隙間だけ 真っ赤に染まっていた
そこから溢れた光たちが 放射状に伸びていく


侠気は 気持ちにまで チンダル現象を及ぼすようだ

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2008.01.21

心の白湯

ジムでは 頑固な脂肪の強制撤去を妄信し 横着をする
お腹ブルブルマシーンで 体中 4ヘルツに振動しながら
とある 情報雑誌を ボンヤリと眺める


その中に CD紹介のコーナーがあり
クラシックのCDも 扱っていた


解説者は 「僕は クラシックは詳しくないが・・・」という 弁解で初め
「やはりクラシックは 癒される (中略) 休日の朝に 聞いてみたい」
というような内容で 締めくくっていた


バッハのヴァイオリンコンチェルトで 癒される人もいるんだ・・・
というか こいつ 本当は このCDを聞いてないんじゃないか? と
いささか 訝しくなってくる ・・・が まあ それは 人それぞれだから・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


音楽で 癒されるということは まあ あるのだろう
しかし 癒しを目的とした演奏というのは どれだけ あるのだろうか
音楽の現場にいると 奏者達は もっと高い次元で 全力を出しているように思える


それは 例えるなら スポーツで 観衆を 「感動させるため」にプレーするようなもので
実際には 自己や相手と 本気で戦っているから 
結果として 感動するものであって 初めに感動ありき ではないように思える


「先入観」という 暗示のスイッチを 人は持っている


これは 松坂牛だから やっぱり美味い とか
これは ストラディバリだから やっぱり音がいい だとか
この調律は 杣がやっているから やっぱりヘボい とか・・・ (これは事実か?)


自己の感性ではなく 外部の情報で築かれた こうした先入観は
アホくさいし 恐ろしい


で 癒しの話だった・・・


人間には 肉体にも 精神にも 治癒力を持っている
それぞれの治癒力に 効果的に作用するとき
人は 癒され 回復していくのだろう 


先入観という 安易な処方箋で 誤魔化すのでなく
自己の 等身大の感性に 作用するものに出会えるなら
それは 八百万の薬より 自分にとって 秘薬になりえると思う


ちなみに
杣は 癒されようと思って 音楽を聞くことはない


それどころか ある程度 元気でないと 音楽は聞けない
演奏の中のエネルギーに 圧倒されてしまうのである
下痢してる腹に 唐辛子とニンニクを 食わされるようなものだ


むしろ 何気ないモノに ふと笑ってしまう時
結果として 癒されており 
自分に元気がなかったことを 初めて悟ったりする


で ふと笑ってしまった・・・

 
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2008.01.08

昭和と平成 そして・・・

あれは 約20前の 今日
杣は 学生最後の冬休みを 堪能していた
横浜の街を 二人で フラフラと歩いていた


レストランに入って 杣は すぐに自分の料理を決める
「杣君って いつも ドリアなのね」
『あゝ 猫舌だからな』


ウェイトレスが オーダーを取りに来る
メニューをさげる その胸には 小さくて黒い 喪章があった
あぁ そうか 天皇が崩御したんだっけ・・・


半年ほど前から 昭和天皇の体調が おもわしくなく
自粛という名の ひっそりとした日々が 流れていた頃だった
前日 昭和は終わり 今日から ヘイセイという年号がスタートした


・・・・・・・・・・・・・・・・・


平成20年 
そう言われても なんだかピンと来ない
なじんでくるのは 春が過ぎる頃だろうか


「20年」というと やはり 昭和20年の方が インパクトがある
東京が大空襲で崩壊し 広島と長崎に原爆が落とされ 沖縄で激戦があった年
そして 終戦 


当時の 時間のスパンを ふと 平成のメモリに照らしてみる


・・・・・・・・・・・・・・・・


日本が 日中戦争に入ったのは 昭和12年
平成に置き換えると それは ちょうど西暦2000年に相当する
杣が 東海道を フラフラ歩いている頃 長い戦争の時代に入ったことになる


あの アメリカの同時多発テロが 2001年だから
アメリカにとっては テロとの戦争という 「聖戦」が始まった頃と同じ
それよりも長い時間 日本は 戦争に明け暮れていたことになる


そして 真珠湾を攻撃して 太平洋戦争に突入したのが 昭和16年
平成に置き換えるなら 西暦2004年
杣は 3度目の 韓国コンサートツアーに出陣した頃 日本は米英を敵に回した


平成の杣は こと この8年の 杣はというと
幾つかのベクトルを それなりに 充実させてこれた月日であり
それも この国が これだけ 平和で豊かなおかげである


昭和の同じ数字の年代の頃 日本の人々は
それぞれの地域で それぞれの立場で どの様に生きていたのだろうか


今や かつての敵である 鬼畜米英は 日本の依存国となっており
当時の殖民地であった 韓国や中国とは ギクシャクしており
そうした現状を 当時を生き抜いた人々は どの様に感じているのだろうか


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


杣の社会人スタートは 平成元年だった
なので 平成がカウントしていく年数は そのまま 
杣の 社会人としての年数に相当する


今年は 節目の年


平和である こうした日々を 貪欲に生きていこうと思う
もしも 漫然と 流されてしまうなら 
この平和の礎になった 多くの犠牲に対して 裏切ることになる気がする


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それは 19年前の 今日
杣は 学生最後の冬休みを 堪能していた
あの時の自分に 今の自分の姿など 微塵も想像できなかった


そして 20年後 
恐らく 年号は新しくなっていることだろう
今の自分に そんな先の自分は 相変わらず想像できない


でも 想像できないくらいな 自分になれるように
せめて今年だけでも 頑張ってみたい 


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2007.12.18

空が高すぎる

透明な物体 ことさら ガラスのようなモノが無かったら
人類の速度と行動範囲は 大いに異なったことだろう


目をつむったまま 全力で走ることは出来ない
前が見えるから 自動車も 列車も
そして 飛行機も すげー速度が出せる


すげー速度が出せるものだから
人類の 行動範囲は 著しく広くなった


そんな文明に抗って 東海道を2週間もかけて 歩き続けたことがある
歩き続ければ 確かに どこまでも行くことができるけど
それには 膨大な「時間」というエネルギーを 浪費することになる


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時間というエネルギーの代わりに
人類は 石油を初めとする 様々なエネルギーを駆使し
そして 透明な物体と共に もっと速く もっと遠くへ


空を見上げるのは 好きだ
でも
空から見下ろすのは キライだ


今日も 空は高すぎる
こんな日は 透明を呪いたくなる・・・ 

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2007.11.28

それぞれの暦

いよいよ 年末が近づいている
なんだか 慌しいまま 今年が終わってしまいそうだ
忙殺された鼓膜に ジングルベルは 氷点下の振動数


そういえば 漢字というのは よく出来ている


忙しい は 心を亡くす という字で出来ているし
慌しい は 心が荒れる という字で出来ている
今年こそ!と描いていた 人の夢 は 見事に儚い


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時間と 時刻については また別の機会に譲るが
時の流れに 添えられたメモリは
便利であれば 不愉快に思うこともある


時々 安息日を定めたくなる
それは 周期的なものでなく
自らの意思で 心や体を 解放したり ストレッチしたりする猶予


音符だけの羅列で 音楽は成立せず
休符へのエネルギーが 巧みな演奏は
より ささやかな音さえも 輝いている


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と もっともらしい 言訳を羅列して
仕事を放り出して 遊びに行こうと企んでいるのだが
いずれ このブログでバレるのだから やはり 言訳は先手に限る


今年最後のミッションは 氷点下になりそうだ!

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2007.09.28

心霊写真

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都内各地で 成仏権を棄権した心霊達が 集会を開き
昨今の 心霊写真への危機をめぐり 様々な意見が交わされている


参加者によると どうやら 最近の デジタルカメラの普及により
自分達 心霊が 写真という媒体で 活躍できなくなったことを危惧し
早急なる対策と 打開策を講じる懸念が 高まっているという


というのも 心霊達の霊体振動数が
デジカメで捕捉できる 可視振動数を遥かに上回っており
心霊写真として 登場できなくなってしまったのである


分かりやすく言うと
CDという音盤が 高い周波数をカットしているように
デジカメでは 人間の視力に反応しない 高い振動数をカットしているらしい


かつて アナログの時代
レコードやカセットテープでは 実に豊富な倍音に恵まれており
フィルムの写真は 実に豊富な現象さえ 捕らえることができた


多磨霊園を徘徊する 心霊Hさん(享年76歳)は このように話す
「こんな時代が到来するのであれば もっと早く成仏しておくべきだった」
心霊写真になって 孫を驚かすのが夢で 未だに留まっていると結ぶ


谷中で屯している 心霊Gさん(享年98歳)は
「いっそ デジカメ普及率の低い 東南アジアにでも 移動しようかと思案中だ」
と言うものの 旅費が工面できず 仕方なく 三途の川へ旅立っていった


かつて 写真とは 我々を ワクワク ドキドキさせてくれるものだった

 
貴重なフィルムに残す たった1枚の写真に 
多くの思惑を重ね シャッターを押す
そして現像を待ち ようやく写真を見ることのできるトキメキ


1枚の写真は シャッターが押された現場から
手元で 眺めるまで 実に多くの時間を要し
その 時間の連続が また 写真への価値と畏敬を 高めていた


しかし 時代は推移し デジタルな画面の中で
無意味に 切り取られた 多くの瞬間が
無残にも 捨てられていく


ベトナムから渡り歩いてきた 心霊R・キャパ(享年41歳)は こう語る
「我々の時代に比べると カメラの性能は 遥かに進歩している
 だが 気軽に撮れるようになったものの 魂の宿った写真は 少なくなった」

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2007.09.24

最後のスパイス

杣 「オンタマ・レッドカレーを ひとつ 下さい!」
店 『激辛ですけど 大丈夫ですか?』
杣 「はい がんばります」
店 (ニヤリ)


ファミレスとか ファーストフードとか
店員の 対応マニュアルは よく教育できていると思う


でも マニュアルは あくまでも マニュアルであって
そこを超えられる キャラクターがあると もっと良いのに
などと考えるのは なにも 杣だけではあるまい


なもんで 杣は 時々
イジワルのつもりでは無いのだけれど
マニュアルの中には 答えようが無い発言で 店員をつついてみる

 
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オンタマレッドカレーを出しながら 若い店員は のたまわった


店 『がんばって下さい!』
杣 (ニヤリ)
店 (ニヤリ)


店員の対応は 最後のスパイスだ
おかげで とてもオイシイ ランチになった


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2007.08.30

上下左右 そして 東西南北

左右は 主観によって変位してしまう 最も脆い対称である

 オレの右頬は 相手から見れば 左頬であり
 右の頬を打たれたから 左の頬を出したつもりが 
 相手にとっては 右頬だったから もう一度 左の頬を打たれたり・・・


東西は あってないような方位である

 西へ西へと 行ってみたら 東に辿りついたりして
 平面であれば 便利であるが
 球体だとか 円の曲面にさらされれば 甚だ 心もとない


上下は やはり抽象的なのだが 力によって存在が確立する

 引力がなければ 立てないのだから 上下は存在しないが
 アルゼンチンの下と 日本の上は 同じ方向を向いており
 つまるところ 下の中心は存在するが 上の中心は限りなく放射状である


南北は やっと極点が存在し 最も安定して 安寧な方位である

 サウスのS極と ノウスのN極によって 羅針盤は南北を提示するが
 N極の針が向いている ノウスな北が持っている磁極は 実は S極であり 
 地球というデカい磁石は 北がS極であり 南がN極であったりする


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


血液型の話は けっこう 楽しいと感じているようだ
ただし B型の人間を除けば という注釈が必要になるのだが・・・


昨日の飲み会では 全ての血液型の飲兵衛が 集合しており
この連中が 杣を含め 絵に描いたように
一般的な 血液型論が 適合できるから ・・・笑える


ちなみに 杣は 実は何型かは 分かっていないのだが
こういう時には AB型と称して 座談に加わり
それぞれのキャラを 酔っ払ったフリをしながら 観察して 悦に入る


で 思った


A型というのは 「左右」のような性格である
マジメなのだが 主観が変わった瞬間 対応がやや遅れる
比較的 迎合か反発の態度を 表層だけ使い分けている


O型というのは 「東西」のような性格である
ヨカレと信じて 一途になりやすく 平面な人間関係では 頼りになるが
曲面な人間関係になると 脆いのだが 本人は決して気づくことは無い


B型というのは 「上下」のような性格である
ある「力」が存在している場合には 見事な自主性を発揮するのだが 
それを 取り除いてみると ヒザかっくん状態で 単なる我儘に成り下がる


AB型というのは 「南北」のような性格である
ある意味 もっとも重心が しっかりしているのだが
地球の SN極のように 根本的な 大きな勘違いを 平気で内包している


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


鏡の中の世界は 上下は同じだが 左右は 入れ替わる
これが 子供の頃 とても不思議でたまらなかった
全て 逆さまに映るハズなのに 上下は 逆さまにならないのである!


鏡は 逆さまに映るのでなく
そのままの状態が 映っているのだと 理解した時
内包していた 根本的な 大きな勘違いに 愕然とし 
やはり自分は ABかも・・・ と謙虚に認めるということは Aなのかも・・・

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2007.08.14

プログ・・・ 慣性と惰性の狭間で

始まりなんて 案外 何気なかったりするものだが
終わりには 案外 自分を納得させる 理由が必要だったりする


これが 恋愛なら 相手を納得させる理由さえも 必要になり
別れる 別れない で 殺人事件まで起きちゃうから
人間なんて はなはだ 面倒くさい


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ブログを始める時 いつまで続くか 分からなかった
なんでもそうだが 趣味のタグイなんて
いつまで続くかなんて 考えずに 気がつくと ハマっていくもの


2年前の夏 録音の仕事で 一緒になった スタッフの一人が
「実は僕 ブログをやっているんですよ」 と 密やかに教えてくれた
アドレスを教えてもらって へええええー と感心しながら 読んだものだ


当時 杣は ホームページを立ち上げて
得意の 馬鹿話を 連ねようと画策していたのだが・・・


なんせ パソコン音痴であり なおかつ
どんな電化製品でも マニュアルだの トリセツだののタグイは
読まない人種なので みっつほど購入した HPソフトは そのままゴミになった


でも なぜか ブログは簡単に 作り上げるコトが出来て
「おおお! オレの文章が インターネットで見れる!」
と たいそう感動したものだ!


さっそく 後輩うららに 自慢をした
「オレ ブログ始めたから 見てくれ!」
『先輩 ブログじゃなくって プログじゃないんですか?』


「ん? そうだっけ?」
『だって プロバイダーって言うじゃないですか!』
「ああ そうか プログって言うのか ナルホド! まあ 毎日見るように!」


あの夏の馬鹿二人は これくらい無知であった


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ブログを始めるにあたり いろんなブログを閲覧して
自分なりのルールを とりあえず こしらえてみた


①日記にしない

調律屋の日記なんて 仕事内容ばかり載せたら すこぶるマニアックで
税務署の輩にチェックされようものなら 結構ヤバイ
なもんで トホホ白書 という どーにでもなるスタイルにした


②読点・句読点を 使わない

この習慣は 副作用も出ている
今や メールでも 読点・句読点を はぶいてしまって
「読みにくい!」と 時々 お怒りの返信が来てしまう・・・


③敬称略 無礼講

偉大なる ベートーベンや ルソーを 呼び捨てにしているのに
何故 身近な人間だけ 「さん」付けにしなければ いけないのか・・・
しかし これが 一番 難しいルールであり 結構 心を痛めてはいる


④毎日更新

ブログを始める前から なおなおぽんの部屋のファンであり
彼女の日記は ほぼ毎日更新されており 密かにジェラシーを抱いていた!
なもんで 意地でも 毎日更新してやる! と鼻息を荒くして ルールにしちまった・・・


⑤三人称で書く

普段の生活の中でも 自分の一人称が よく分からない
なもんで 「杣」という自分を 「某閑人」が書く というスタイルにしたが
これが 時々 自分でもゴチャゴチャになって・・・ 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ま 更に ささやかなルールを 作ったり やめたりしながら
最初の感動は すでに 色あせて 
惰性の如く 今日まで続いている


しかし 鬱期になると ブログほど やっかいなものは無い
頭の回転どころか 心が淀んでいるのだから
なんど 「毎日更新」なんてルールを 後悔したことか・・・


なもんで ブログを止める時 
どうやって 終わりにしようか
ここ数ヶ月 悶々と そんなコトを考えている


自分の性格の 顕著な特徴は 「両極端」
まあ オールorナッシング なもんで
やるなら トコトンやるが やめるなら アッサリやめる


それでも 日々 閲覧してもらえたり コメントをもらったり
そして 節目というのがあるから 嬉しいコトも 多々ある
まあ 一応 仕方なく 柄にもなく 感謝とかしておこうかな・・・


みなさま ありがとう ごじゃります


てなわけで 今日はブログの誕生日
3年目に突入しました
今年こそ 作曲作品 公開できるよう がんばりますです!


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2007.08.13

たそがれ

白み始めた 朝
車は 東京インターを過ぎ
長かった 徹夜のドライブが ようやく終わろうとしていた


ハンドルを握っていた杣は
この 明るさと 暗さが 混然としている時間帯の 照度に
ムチャクチャ 弱い


車の ヘッドライトは 点けたままなのだが
空だけは ぼんやりと 明るくなりはじめて
瞳孔が 空と 道と どちらにも 合わなくなってくる


そんなコトを ブツブツと 一人ごちていると
同乗していた 演奏家が ポソっと 教えてくれた


「この 白み始めた時間を カハタレ時 といい
 夕方の 暗くなり始める時間を タソガレ時 といい
 どちらも 彼は誰(カハタレ) 誰そ彼(タソガレ) 同じ字なんだよ 」


そう 誰かいることは 分かっているのだけれど
微妙な暗さで そいつが 誰だかは 分からない照度の 時間帯
昔の人は 素敵な日本語を 使っていたと思う


そして それを教えてくれた 演奏家は 盲目だった


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車を運転していなければ 照度のグラデーションが 
最も 鮮やかに変化していく 美しい時間帯
ネコの黒目も まんまるに 変化していく時間帯


生きていると 時々 こんな時間帯のような時期を 通過する


彼は誰? 誰そ彼?


夢や 恋や 目標に向かって 進行している日々の中で
なんだか 見えているのに 鮮明には 把握できない実態
それが 人だったり 事象だったり タイミングであったり・・・


思わず 心の瞳を 細めてみたり 広げてみたりするのだけれど
自分の能力と 状況の照度との ギャップによって
しばらく ボンヤリとしか 把握できない ジレったい時期


でも やっぱり そんな時期は 美しいと思う
車の速度で 安全のタメに 最大限に視力を駆使する時には
辛いだけの照度なのだけれど ・・・歩いていれば


そう 歩く ・・・自分の等身大の速度で 生きていれば
彼は誰か 太陽の昇降に合わせて 分かってくる
そして その緩慢で 曖昧で 幻想的な空と大地は 美しい


最近は というか 現代は みんな 高速道路を走っているみたい
周りの速度に 合わせなければいけないコトも あるけれど
たそがれ時には 自分の歩く速度で 眺めていたい


生きていく中で 時々 訪れる たそがれ時には 
サービスエリアにでも 立ち寄って
背伸びして 深呼吸して 彼が誰なのか のんびりと眺めてやろう


どうせ 朝は来て 夜もくる 

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2007.08.03

自転車のカクレンボ

Kurukuru


してやったりと 思ってる以上に
人は 上手く 欺かれたフリ


嘘 スレスレの ズルサの澱に
足 取られるは むしろ 自分か

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2007.08.02

デフォルメ

Nekotonekoashi


猫の足より 優美な猫脚
ニャンとも言わねば 歩きもしない


美という名のもと 似非の乱造
デフォルメされるは 物か 心か

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2007.07.31

トカゲのシッポ

Tokagenookage


トカゲは シッポを 切っても生きる
生きているから また 生えてくる


失うコトだけ 死ぬほど恐れて
そんなヤカラが 国を動かす

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2007.07.04

74

少年にとって 家庭というのは
日常であり 常識であり 世界の全てだった
だから 他の家庭も 同じようなものだろうと 信じて疑わなかった


今思えば 杣少年の育った家庭は
ちょっとばかし 不思議だったのだが
それは 他の家庭との比較によるもので あくまでも相対的な評価に過ぎない


父親は 寡黙な男で 家庭内では 天皇以上の存在だった
かといって 威張るワケでも 怒るワケでもない
ただ その存在が 畏るるに値するレベルに 奉られていた


そんな 絶対王政のような環境を 当然のように思わせていたのが
杣家の参謀であり 実質の摂政である 母親であった
実に よく怒り よく褒め よく戒め よく愛した


母親の叱責に 少年が服従しないと見ると
「それなら お父さんに言うしかないわね」と 最後に さりげなく言う
これが 効いた


母親は 敬虔なクリスチャンであり 父親を家族の「カシラ」と教育し
寡黙でモアイのような父親は 本人の知らぬ間に 絶対的地位に座しており
子供らは その本当の怖さなど知らぬうちから 畏れを抱いていた


なもんで 今に至っても 父親には 敬語である


******************************


オヤジへ


ほとんど 喋る声を聞いたことの無かった 少年の頃
オヤジは すごい怖い人だと 思ってました
でも ある休日に 不思議な経験をしたことが あるんです


その日 オレは 風邪かなにかで 寝込んでいて
日曜だったのか 家には オヤジと オレしか 居なくて
ふと 目が覚めて 高い天井を ボーっと 見つめていたときです


「ネーネちゃん ほれ ネーネちゃん ・・・ハハハ」
それは 紛れも無く モアイのように 感情を表さない オヤジの低い声でした
当時 飼っていた キンカチョウのネーネちゃんに 話しかけていたのです


オレは まだ夢の中に いるような気分でした
オヤジが あんな優しい声で 小鳥に話しかけるなんて
一度だって 想像すらしたことが 無かったからです


でも 今は 分かります


オヤジは ラジコン飛行機を 自分で設計しては 休日に製作してましたね
でも あれだけスゲー才能があったのに 塗料の匂いで
オフクロが喘息を起こすと知り きっぱり 止めてしまいましたよね


そして 今 時々 実家に帰ると
ネコのジローを まるで孫のように 話しかけながら 愛でている様子
数え切れない ジローの写真を 見せられる時


オヤジは 感情を器用に 表すことが 下手くそだけれど
とても 優しい人なんだなって・・・
大人になって やっと 気づきました


オレは 口先だけで 優しさを装うような 
偽善的な大人に なってしまったけれど
誇れるものも まだ 持っているんです


それは オヤジの 倅に生まれたことです


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記憶に無い時代 オレが オヤジを見る目は
普通に笑っている 少年の目でした
なんて こんなタメ口で ごめんなさい


そして 74歳の誕生日 おめでとうございます!

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2007.05.12

アンドレアスの友達

夜の工房は 遠くの音まで よく聞こえてくる
今 通り過ぎて行ったのは きっと 貨物列車
鉄橋を渡る音が とても長いから すぐに分かる


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夜の工房は 些細な音まで よく聞こえてくる
カサカサと 虫でも出たかと思ったら
こんなヤツと 目が合った


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昔 書いた 物語のネズミは
ちょうど このくらいの大きさを イメージしていた
でも 鍵盤の下には 入れない・・・


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コソコソと ナニをしてるかと思えば
バレンタインで 大量に抱えてしまったチョコの処理に
熱心に 協力してくれていた


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おかげで ダイエット中とか ホザきながら
オヤツを 食べていたことが
バレてしまった・・・

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2007.04.12

412

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「パン 作ったことある?」
『うん』
「うえー 汚ねー! こいつ パンツ食ったこと あるんだってよ!」
『・・・』


「ねえ ちゃんと風呂 入ってる?」
『うん』
「うえー スケベ! こいつ ネーチャンと風呂 入ってるんだってよ!」
『・・・』


ナニが楽しくて こんなこと 言ってハシャグのか 分からんが
小学生とは こんなにもオバカで 
こんなにも 幸福なイキモノである


そういえば アネキは 小学校時代から 優等生で
いつも イタヅラ好きで 不器用な弟は 比較され
「アネキなんか いなきゃいいのに」 と 思っていたものだ


だが オトナになると いろいろなものが 変革する
今では アネキは とても大切な人の 一人である
いつまでも 元気で 明るくいてくれ と 祈っている


アネキ 誕生日 おめでとう! 

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2007.04.10

自然というマエストロ

木工で使う カンナやら ノミやら
刃物は 自分で研がなければならない
なので しばしば しぶしぶ 刃物を研いでいる


刃物を研ぐ という行為は
表と裏という 二つの面を 平面にする
ということにすぎない


けれど この キレイな平面に 研ぎだすというのは
意外に しんどい時もある


まず 砥石を平面にしておかなければいけない
湾曲した砥石から 平面の刃は 生み出せない
これは ガラスの上に紙ヤスリをのせ 平らになるまで削っていく


でもって カンナやら ウスバといった 刃の面積があるモノより
細いノミの方が 研ぎだすのは難しい・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ふと 水のはった 茶碗やら 洗面器を見ると
その水面は きれいな平面を湛えている
テメーの顔が そのまま歪まないで映るほど 美しい平面である


ナルシスは 湖面に映った 美しいオノレの顔を見て 悦に入ったようだが
工作員は 顔でなく その 美しい平面に 嘆息してしまう


引力とは かように 平等に 全てのものに はたらいている
人為的に平面を出したり 同じ力を かけるというのは
やたら 困難を極めるのに 自然は コトなげに やってのける


そんな 茶碗の中の平面に 嫉妬しながら
今日も刃物を 研いでいる
いつしか 自然の力のように キレイな平面を作り出せることを 願って

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2007.03.22

ゆめうつつ

寝てる時に見るのは 過去形の 夢
将来に描くのは 未然形の 夢


過去形の夢は せめて ふたつの言葉に分けて欲しいものだ
ひとつは 面白く 楽しかった 「愉明」
そして 辛く 苦しかった 「憂冥」


におひ だって 「匂い」 と 「臭い」に
きちんと分かれている
夢は 更に 時間軸まで 混沌としてしまう単語だ


・・・・・・・・・・・・・・


朝起きて 記憶している夢は
だいたい 憂冥である
起きて 夢だと気づいて ホっとして 夢を反芻してみる


夢の世界は オノレが バカかと思うくらい
矛盾に満ち溢れているのに 
その世界に漂っている時には それに気づかない


夢の中で かつての友人に会う
もう 何十年も会っていないのに
お互い 普通に 会話が始まる


そして かつての友人は
小学時代でも 中学時代でも
かつての顔のままで かつての容姿で 登場する


それなのに ナンの疑問も抱かず
小学生の運転する車で 平成の話をし
中学生とソウルの街角で 酒を飲んだりしている


時には ロナウジーニョと 日本語で会話していたり
ハン・ソッキュと 映画で共演していたり
ホワイトハウス突入実行部隊に 参加していたりする


また ある時には 上杉鷹山を笑わせたり
小説の中の登場人物と 会合したり
自分が 全く別の人物になっていたりする


わずか 20分の 浅い眠りの中で
6時間以上もの 長編の夢を見たこともある
時間の感覚も 現実とは 甚だ異なっているようだ


夢の中では 死んでも 生きている
死んだ自分を 自分が見つめ
ああ これが幽体離脱ってやつか などと 納得していたりする


劇中劇のように 夢の中で 夢から覚めることもある
ああ やっぱり夢だったんだ よかった・・・
なーんて 夢の中で安堵して 更なる事件に巻き込まれる


記憶に残っている中で 一度だけ
夢の中で 「これは 夢なんだ」 と
自覚できたことがある


そういう時には 決して モノは盗まないが
現実世界では 決して出来ない 悪事の限りを尽くす
そこで 殺害しちまった 数十人は 今でも身近に実在している・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・


小学生の頃の夢は 発明家だった
中学生の頃の夢は 作曲家だった
高校生の頃の夢は サッカー選手だった


現実性に乏しく 経済観の無いこと 甚だしい
専門学校の頃の夢は フリーの調律師になることで・・・
これは 叶ったが 夢というより もはや 進路でしかない・・・


夢の中の 出来事を 再生できるなら
だれもが 素晴らしい作家になれると思う
それくらい 支離滅裂な自分を 人は内包している


いつの日か 自分の夢を 記憶して
それが 日々のブログで 更新される時が来るかも知れない
その時 自分は 何人の人に 何回殺されてしまうのだろう・・・


あるいは 遺骨から DNAを鑑定するが如く
かつて その人が見た夢などが 再生できる時代が到来した時
戦争や 災害で 消えていった人達は どのような夢を見ていたのだろう・・・


将来に描く 人の夢も
過去に見た 人の夢も
はなはだ 儚い


だからだろうか
「努々」 と書いて 「ゆめゆめ」 と読むらしい
現(うつつ)では 日々努々なり ということか 


 

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2007.02.19

だから ありがとう そして おめでとう

前略 オフクロ様


元気でやってますか?
サファリなジローは まだ猛獣ですか?
コルディエのCDは 届きましたか?


おとといは オヤジと オフクロの
結婚記念日でしたね! おめでとうございます!
連絡もしないで ごめんなさい・・・


今 北に向かう 列車の中におります


気がついた時には 音楽が好きになってました
きっと それは いつも オフクロが
歌を歌ってくれてたからだと 思ってます


エーデルワイス とか
千曲川旅情 とか
オンブラマイフ とか


だから ありがとう


オフクロと オヤジが 結婚してくれなければ
今の自分は 存在していなかったんだよね


だから ありがとう


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それから・・・ 


誕生日 おめでとう!

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2006.11.22

あれから 7年

ノストラダムスの大予言 やら グランドクロスやら
あの夏に添えられた 形容なんて
今や もう 死語になってしまったかも知れない


・・・・・・・・・・・


1999年 11月22日
杣は 代々木の小さなホールで
コンサートの仕事をしていた


自衛隊の飛行機が 所沢で墜落し
広範囲で停電がおきて
そんな中 チェンバロの調律を チョロチョロやっていた・・・


当時 杣は作務衣を着て 雪駄を履いていた
その 雪駄の鼻緒が 突然 切れた
ウーム なにやら不吉だ・・・ と思った瞬間 杣の携帯が鳴った


「鍋島先生が 亡くなりました」


この 極東の 日本という小国で
チェンバロや 古楽というジャンルのパイオニアであった
鍋島元子が 永眠された・・・


その わずか3ヶ月前
鍋島元子は ドイツのミュールハウゼンという 小さな街で
癌を患いながらも 最後のリサイタルを 完遂した


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1999年の8月
杣は 鍋島先生と共に ドイツにいた
鍋島先生は 生涯最後となるリサイタルを 自覚しての旅だった


いずれ その2週間の日々を
当時の日記帳と共に このブログで紹介したいと思っている


ただ 今でも 鮮明に覚えていることがある


鍋島先生が 亡くなった


その訃報を聞いた時  驚きや 悲しみより 
「先生 本当に お疲れ様でした どうぞ安らかにお休み下さい」
心から そんな和らかな気持ちで 先生を 偲んだ記憶だ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


鼻緒が切れた 杣の雪駄は
鍋島先生の 最後のリサイタルで 調律をしていた時
ミュールハウゼンで 履いていたものだった・・・


あれから 7年が経つ


鍋島先生
たくさんのコト ありがとうございました
そして たくさんのコト すいませんでした


自分は 相変わらずであります
恥ずかしいくらい 相変わらずで
ありがたいくらい 相変わらずであります


今日は 大聖堂で リハーサルをしています
先生なら 苦笑されるような 
拙い楽器ですが・・・ 聴いていただけますか!


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「あの夏の415」
あまりに高すぎる融点が
いまだに 記憶の中で 結晶にならない追憶


そして 1秒1秒 生き続けるということで
確実に近づいていく それぞれの終焉


「神が与えし 唯一の平等  それは 死」


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2006.09.30

ねみーニャー

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猫背 猫舌 猫かぶり


気まぐれ 我がまま


好奇心が湧くと ガゼン熱中するが・・・ すぐ 飽きる


ズルそうな顔して 実は小心者


束縛を嫌うのに 大きな変化には弱い


嫌いだった猫が 好きになったのは
こうした 猫の特徴が 自分に そっくりなんだと
悟った時だった・・・


悟ったのはいいが ますます 猫に近くなっている 今日この頃・・・


夜は眠れないくせに


昼間は やたら 眠くなる・・・


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2006.09.04

「あ」の長さ

事故の 目撃者は 興奮しながら 証言する

「それは 本当に あっという間の 出来事だったんです」


成人式を迎えた娘に 母は 笑いながら話す

「二十代なんてね あっという間に 終わっちゃうのよ」


「あ」の長さほど いい加減なモノは 無い

おかげで

「い」の時間は 永遠に 訪れない

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2006.08.05

道具の重心

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モノを 作る人がいる
モノを 使う人がいる
モノを 壊す人がいる


人は 道具を使う
道具を使う 体も 道具
体という道具を使う思考も 道具


人を 育てる人がいる
人を 愛する人がいる
人を 殺す人がいる


思考という道具を使う 心
やわらかかったり かたむいたり
はじけたり むしばんだり


心だけで 生きてゆけたら
人類は もっと おぞましい


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2006.08.03

夏のデート

今日は 休みだ!

一年ぶりの デート


・・・姉貴と


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


小さかった頃は
仲 悪かった・・・


優等生だった姉
イタヅラ小僧の弟
いつも比べられていた・・・ イヤだった


大人になって
いろんな話が できるようになって
仲良くなれた


で 1年に 数回
会う機会があって・・・


弟からは コンサートの招待

姉からは 展覧会の招待


姉貴の 選ぶ展覧会は
弟にとって 全く知らない世界ばかりだから
たくさんの発見があって とても楽しい


こんなデート
いつまで 続けられるのかな・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


って いい雰囲気になるハズだったのですが
伊藤ジャクチュウの世界に 感動していた頃
アネキの携帯が 着信するんですよ

「あ 公衆電話からだ・・・」


どうやら アネキがリークした情報を聞きつけて
お袋が 上野まで はるばる 追っかけてきたようなんです
1時間以上も遅れて・・・


で 姉弟のデートは崩壊
お袋も含めての 昼食会
杣家は この3人がそろうと 漫才になるんですよ


西洋美術館のレストランで
白ワイン飲みながら
・・・漫才親子 ・・・周囲の方 スンマソン


「オヤジは来なかったの?」
『父さんは 先週 一人で上野動物園に来て
動物の写真をたくさん撮ってたから いいのよ!』


まさか ・・・オヤジもブログやってんじゃないだろーなー
地元を自転車で徘徊して 写真撮りまくって
ネタが切れたから 動物園に来たとか・・・


願わくば 親族に この ブロ愚が 見つかりませんように・・・
タジタジ

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2006.07.23

偵察報告 富士駐屯地

本部からの指令により
富士駐屯地開設52周年 記念行事を偵察してきました!

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戦争ごっこを 見学していたのですが
濃霧の為 中断してしまいました・・・
なんだか あんまり強そうでは ありません

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仕方がないので 戦車に乗せてあげて
国民の 機嫌をとっていました!
(工作員は 乗車拒否をされてしまいました・・・)

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税金を浪費していると 思われたく無かったのか
自給自足している一面も 見せてくれました!

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工作員は 貧乏で クワガタも買うコトが出来なかったので
悔しくて 武装車の上に登って 暴れてみました ・・・が
すぐに 取り押さえられてしまいました・・・

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願わくば 全ての隊員が 訓練だけで 一生を終えられますように!
こうした砲台が 誰かの命を 奪ってしまうことが ありませんように!

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でないと 安心して 合コンにも行けませんから・・・
でないと 素敵な出会いに なりませんから・・・

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2006.07.04

オヤジへ

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オヤジ 

誕生日 おめでと!


オフクロと 結婚してくれて ありがと!

アネキを ありがと!

オレを 育ててくれて ありがと!


ガキを作らずに 楽器ばかり作ってる オレだけど

孫も作らずに マゴマゴしてる オレだけど

オヤジの息子であることに 誇りをもってます


来年も オメデト 言いたいから

この 一年も オフクロと ジローと 仲良くやってください!