2008.11.20

秋の陣 ⑮ 生還メッセージ

Forpia


今回のツアーでのメンテは 2回だけ
スケジュールの追加や 変更で
結構 テンヤワンヤ


でも 初めて 韓国で フォルテピアノに遭遇しました
6オクターブ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


日本の入国は さすがに厳しい
税関では 手荷物検査場で 麻薬を嗅ぎ分ける犬がクンクン
大好物の肉とかあったら どんな反応するんだろう・・・


ポシンタンの肉とかあったら どんな反応するのだろう


なんてコト考えていたら 港のオッチャン達が
車から 勝手に楽器を積み出しており 後輩激怒!
なんかあったら どないしてくれんねん われ!


10時に港に着いたものの 手続きが重なり
大阪を出発できたのは 12時半
ま 悪い人がいるから 彼等も真剣なので 御苦労様なのであります


540キロの行程を すっ飛ばしてきたものの
楽器を搬入したのは 20時半
何故か 8時間もかかってしまった


韓国から 無事に帰ってくると
何故か ムショウに 誰かに感謝をしたくなる
だから 今回は このブログの読者に 感謝をさせていただきます!


カムサハムニダ!


どの現場でも 必死に動き回り
ムードメーカーになって 現場の空気を和ませてくれ
なおかつ 長時間 狭い車内で忍耐してくれ


なのに ホッペを両手でつねられた 後輩にも 
チョンマル 感謝ハムニダ! 
お疲れサマンサでありました!


君が いなければ 完遂できないミッションでした!


さ 秋の陣は 終了
それぞれの 音楽の現場で
また 全力で 頑張っていきませう!


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2008.11.19

秋の陣 ⑭ 港の詩人

昨日 夜 釜山到着


ソウルから 高速に乗って
最初は 3回くらい連続で サービスエリアに寄らざるを得なかった
運転して 数十分もすると 睡魔が襲ってくる・・・


ストレッチして 顔洗って コーヒー飲んで・・・
途中から 元気回復!


がしかし 釜山での高速の降り方は 難しい
今までも 何度か失敗しているのだが
「クソIC」まで来る前に 支線に乗らないと 南端まで来られない


そんなこと すっかり忘れていて クソICで降りてしまい
市内の渋滞と喧騒の中 
勘を頼りに 港方面へ・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回 韓国入りした時
釜山の税関で 楽器のチェックを受ける時
なんとも まあ ありがたいコトが起こった!


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税関の所長 キム・ヒョンス大先生は 詩人でもあり
今回 3冊目の本を出したとかで
フムフムと 待機時間に お話を お伺いしていた


そして いよいよ荷物検査のダンになって
よほど 機嫌がよろしかったのか 
楽器はおろか 荷物をひとつもチェックせずに 「OK!」


ハハッハハ! ワッハッハッハ!
いやー いつもこうだと いいのですが・・・


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フェリーの中で 楽器を満載した 愛車「テポドン」は
船底で 結構 孤独であります
しっかりと 固定され 下船を ヒトリで待ってます


ポツネン・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・


釜山で メシを食っていて 驚いた
食堂のオバチャンの 韓国語が 聞き取れないのである・・・
訛りのせいかも知れないが・・・ 外国に来た気分である・・・


この記事が アップされる頃は
恐らく 無事に税関を通過し 乗船し
15時くらいに 出港していることでしょう


対馬を通過し 関門海峡を通過し
瀬戸内海を ドンブラコとしながら 大阪到着は
明日の 午前10時!


右側通行の韓国で 慣れてしまった 運転モードを
再び 左側通行に戻して 最後の500キロ!

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2008.11.18

秋の陣 ⑬ 釜山港へ帰れ

さて 不戦敗も含めて 惨敗だった秋の陣も
いよいよ 撤退であります


おーとものコメントどおり
「家に帰るまでが 遠足」 であります


今朝は 最後の早朝サッカーに参加!
なんと 氷点下のソウル! 
予報では -2℃でしたが チームの人曰く -4℃・・・


9人しか 集まりませんでしたが
調律師の キム・サンスも合流し
ヤン先輩と 3人の調律師チームを結成!


5-4で 惜敗でしたが・・・

 
「国民生活体育 キョンス蹴球会」の皆様
チョンマル カムサハムニダ! タシ マンナジャ!


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さて 今回の訪韓で 最大のヒットは
土曜から宿泊していた ティーゲストハウスであります!


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古来の韓国の民家で 快適な現代を生きることができます!
オンドルの部屋ながら 無線ランが飛んでるし
トイレもウォシュレット 洗濯機まである!


今度は プライベートで
ゆっくりと 何もしない旅を してみたいなー


そんな 素敵な出会いとも さよならして
釜山港へ 帰ります!

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2008.11.16

秋の陣 ⑪ エネルギー充電!

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昨夜から インサドンの隣 安国駅に近いゲストハウスにいるため
サッカーには 地下鉄を乗り継いで キョンス中学校のグランドに行く
ヤン先輩は 赤い目をこすりながら 遅刻して登場した


「ハンチャン キダリョッソヨ!」
『オー クレ?』
朝一番の 冗談の掛け合いに 握手してゲームにのぞむ


この ヤン先輩が所属している サッカーチームは
火曜から土曜まで 朝6:30から 7:30まで
日曜は 8:00から 13:00まで サッカーをやっている


今日は日曜なので 30名以上が集合して
最初だけ 他のチームと試合をして
あとは みっつに分かれて 紅白戦!


杣も 30分の試合に 4回出場させてもらった!
ヘボいプレーも 上手くいったプレーも
汗になって 充実した時間を満喫できた!


昼メシを 一緒に食っていけ! と誘ってもらったが
リハーサルのため 11時に早退し 宿舎に戻り
慌ててシャワーを浴び リハーサル会場へ!


今回の会場は 演劇の舞台で
地下2階まで 狭ーい階段を エンヤコラと 楽器を運んだ
午前も 午後も 汗だくである!


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夕食は 韓国ピアノ調律師協会の 元会長に誘われ
刺身を御馳走になってしまった!
韓国に来る度に いろいろと情報交換をさせてもらい 盛り上がった!


韓国の刺身は 醤油もあるが コチュジャンをつけて食べることもある
焼肉のように 葉っぱに包んで 食べることもある
今回 初めて 「水刺身」なるものも 馳走にあずかった!


サヨリや ヒラメを 腹いっぱいになるまで 食べられるというのも
なかなか 日本では 出来ない経験である!


今 製作中の楽器が完成したら 
会長は 日本に来たいと 言ってくれた!
よーし がんばるぞ! いい楽器を 作ってみせるぞ!


韓国では 食事中に 何度も「乾杯!」をする
今回も 「ウリヌン ハナダ! (我々はひとつだ!)」と 叫びながら
国境を越えた同業者の 同じベクトルに エネルギーをもらえた!


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2008.11.15

秋の陣 ⑩ We are over

ソウルに帰ってきた
ようやく インターネットに接続できる
PCからは 「薔薇の中の薔薇」が 流れている


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例えば 君が 音楽家だったとしよう


演奏する為に コンサート会場へ行き
「音楽しなくていいから 適当に 楽譜通りに弾くだけでいいから」
そう言われたなら どんな気分だろうか


あるいは 


演奏よりも 楽屋の掃除を頼まれて
一生懸命 綺麗にして いざ本番 という時になって
演奏する権利を奪われたら どんな気分だろうか


11月は いくつもの 大切な仕事をキャンセルして ソウルに来た
大切な人たちには 本当に申し訳ない気持ちで
だからこそ いい仕事をしようと 頑張った


この韓国での仕事を請けるにあたり Gとは 約束をした
コンサート前 1時間は 調律の時間にしてもらうこと
たった それだけの約束も 彼は反故した


とにかく 狂い易い楽器を含めて 2台の鍵盤楽器である
「良きコンサートが為に」
その為に 1500キロも離れた都まで来て また 裏切られた


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1曲1曲 ステージのセッティングが変わる
それも 音楽の邪魔にならないようにと 完璧な準備をして
ステージマネージャーも やっている


しかし これは 本業ではない
どころか 本来 そんなコト する義務もない
しかしながら ステマネを当然の如く考え リハは 無駄に長い


ま こんな愚痴は 明日で最後だろう
彼とは これからは仕事をしないどころか 
2度と 口を聞くつもりもない


良きコンサートが為に


調律屋が出来ることは
楽器のコンディションを 最良の状態にすることでしかない
その権利さえ奪うセッキとは 共にいないことが 最良の解決だろう


・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・


もうひとつ 事件が起きる


韓国では まだ 音楽的派閥がある
Gを最初に招聘したのは Jというチェンバリストで
後に Mというチェンバリストになった


この JとMは 同じ大学の 先輩後輩でありながら
仲が悪い どころか 敵対しあっている
そして Gは2004年以降 Mの招聘のもと 訪韓している


昨夜 コンサートの休憩時間に (俺は必死こいて調律していたが)
後輩が このMという 一見 優しそうな女性から 軽い暴力を受けた
そして それでも後輩は 泣きながらも 最後まで忍耐しながら ステージスタッフを勤めた


話が 長くなりそうだが
キチンと釈明しておきたい


Jの友人の フォルテピアノ奏者が (Kという名前にしておこう)
Gに レッスンを受けたいという話があり 
それを Gに伝える役目を授かった


しかし 俺は馬鹿のオカゲで リハが延長し
その話を Gに伝える時間がなく 後輩に頼んだ
それを Mが 聞き及んだらしい


そして コンサートの休憩時間
俺は 楽器移動をして 調律している間
後輩は 必死にステージを変更していた


そこにMが来て Kについて 後輩に問いただした
恐らく 敵対しているJの関係者であることを 感知し
面白くなかったのだろう


後輩は 俺のメッセージを Gに伝えただけだから ナニも知らない
しかしながら Mは 後輩に執拗に問いただし
ついには 後輩のホッペを ツネリヒッパリして行ったらしい


何がなんだか分からない後輩は
その痛みと 悔しさと 怒りに 泣きながらも
最後まで ステージマネージを 完璧にこなした


冷たい俺は そんな後輩に対しても
慰めの言葉を ひとつもかけなかったが
コンサート終了後 Mにつめよった


「後輩が泣いてる 謝れ!」


Mは 慌てて後輩に 謝りに来たが
『韓国では 可愛い女子のホッペをツネるのが 愛情表現なんだ』
という嘘を 平然とついて 俺に通訳させた


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


オレは こんな思いをするために 韓国まで来たのか?
こんなズルい人間のために 韓国まで来たのか?
コンサートが上手くいくために 韓国まで来たんじゃないのか?


明日は 最後のコンサート
文字通り Gとも Mとも 最後のミッションである
ケーセッキヤ! シーパル! 

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2008.11.14

ミッションC (秋の陣⑨)

テジョン KAIST 大講堂


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2008.11.12

秋の陣⑦

今朝も 6時半から サッカーして汗だくです!
サッカーの仲間は すっかり顔と名前を 覚えてくれて
なんだか ますます楽しい交流になっております!


昨日は 9時にホテルを出て 楽器を搬出し ホールへ搬入
13時からリハ そしてリハ 19時近くまで ひたすら リハ


20時開演のコンサートは 22時半に終了し
それから楽器を搬出し ミンジャ宅へ搬入
ホテルに戻ったのは 24時半・・・


何時間労働してるんでしょうか


リハの時も 6曲 全部編成が異なり
いつもの如く 舞台チェンジの連続で
ステマネの仕事で 右往左往


てなワケで 今日はリハーサルの後 
大田(テジョン)へ移動です!
200キロくらい 南下して また楽器を会場に搬入


明日から しばらくサッカーが出来ないので
悶々としないよう 注意しなければ・・・


では 行ってきます!

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2008.11.11

気分スッキリ!

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早朝 6時半に 車をすっ飛ばし グランドへ向かう
まだ 真っ暗なのに ヤン先輩のチームは
18人も集まって サッカーを 楽しんでました!


ハードルを ミニゴールに見立てての 1時間 ぶっ続けサッカー
いやー 楽しかった!
寒いソウルですが 汗だくであります!


いろいろ スッキリした!


大好きな韓国で 
調律が出来て
サッカーが出来て・・・


がんばるぞ!

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2008.11.09

秋の陣④

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8時にヤン先輩が ホテルに向かえに来てくれて
サッカー交流!

と なんと 試合の日でした!


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午後からは 仁川へ行って Kリーグ最終戦 
水原-仁川戦を 観戦!
水原 見事に勝利! 


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2008.11.08

秋の陣③

今日は プサンから ソウルへ移動!


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話は すっとぶけど
日本でいうJリーグに相当する 韓国のサッカー Kリーグ
9日に 最終節を向かえることになる (たぶん)


で 現在 勝点51で 首位を争っているのが
水原ブルーウイングス と FCソウル


9日の 最終戦 
水原は 仁川で インチョン・ユナイテッドと
ソウルは ポハンで ポハン・スティーラーズ (正しく発音できない・・・)


なもんで ソウルの隣の 仁川へ Kリーグを観戦に行く!
水原が勝てば 恐らく そのまま 目の前で リーグ優勝!
ソウルが ポハンで勝てば (水原が負ければ)初優勝らしい!


先日の ソウルと水原の 直接対決では ソウルが勝利!
ここで 勝点3と 突き放したが 釜山に敗れ 
得失点差で 現在は 水原が首位


赤のソウルか 青の水原か
レッズファンとしては 赤の応援だし
ウォーターズとしては 青の応援だし・・・


レッズサポーターと 韓国のサポーターの 雰囲気の違いも含めて
日本にとって 宿命のライバル 韓国サッカーを 観戦してくる!
と 思う たぶん・・・


あ 一応 仕事 ちゃんとしますよ ハイ


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2008.11.07

秋の陣② G船上のありゃ

深夜と早朝の狭間頃 大阪に潜入
雨のドライブで なんとも疲弊
サービスエリアで 仮眠をとり 港へゴー!


アフリカ人並みの視力と 豪語している杣だが
鳥目なので 夜に弱く なおかつ 雨の中で
ますます アフリカ人どころか パプリカ人と化してしまった・・・


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10時から 車をカラッポにして
楽器の税関検査!
いつもながら 戦場であるが 今回は柔和な人で 無事通過!


カルネ ありがとうございました!


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さて 今頃は 瀬戸内海の上を 
船乗りクプクプの冒険なんぞ していることでしょう


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さて 明日は いよいよ 上陸だ!

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2006.08.13

終: 探し続けなさい! そうすれば・・・

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 2002年 5月23日 ソウル⇔板門店(パンムンジョム)
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さて 滞在最終日は 2回目の 板門店
先回のリポートと 重複するので 説明は・・・ まぁ いいか


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最初に書いたけど
この年は 韓国・日本で サッカーのW杯があって
前回とは ちょっと違った緊張感でしたね


88年の 韓国でのオリンピック開催を 阻止しようと
北朝鮮は 大韓航空機を 空中爆破させてしまいました!
今回のW杯も 阻止する為に ナニをしでかすか・・・ という憶測が飛び交ってました!


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まあ 一番 怪しい工作員が こんな記念写真撮ってるんですから
何事も 起こらずに 無事だったんですけどね・・・


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 2002年 5月24日 ソウル→成田
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さて こんな感じで 
地方に行く という目的は達成され
韓国で チェンバロとも 御対面できました!


しかし 韓国で調律を!
という目標は まだまだ 具体的には 進展しませんでした・・・
ま 考えてみると 当たりまえだのクラッカーなんだけどね・・・


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


が しかし!


が 奇跡は 起こるのです!


願い続けなさい そうすれば 与えられます!
探し続けなさい そうすれば 見出せます!
(ルカ 11章より 抜粋) こんな時だけクリスチャン


そーなのです!


帰国してから フタツキほどたって ある演奏家から 電話があったのです!


「杣君 9月にソウルでコンサートやるから 楽器を運んでくれる?」

『ぇえ? はッ? そっ ソウルですか!? ソウルって あの外国の ソウルですか?』

「そうそう よく知ってるね 感心感心! じゃ 頼むよ!」

『あのー まさか 東京からチェンバロを 運んで行けって意味じゃ ないでしょうね?』

「いやいや そのマサカだよ! チェンバロとピアノを運んでね! じゃ よろしく!」

ガチャン・・・ ツー ツー ツー ツー


電話の相手は コンヴェルスム・ムジクムの ボス 武久源造・・・
新しい音楽をする 新しい人 武久源造・・・
5分で新境地を開拓し 7分で飽きてしまう 武久源造・・・

てな訳で 杣は 自動車に 楽器を積んで ソウルに潜入するワケですが・・・
それは また 次の機会に 紹介しませう!
(韓国回想③B9 に続きます)


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ソウルの 南山タワーの展望室から
望遠鏡で 必死に チェンバロを探す 杣・・・ 

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2006.08.12

⑤ チェンバロを求めて

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 2002年 5月22日 ソウル市内
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前回の訪韓で 「いつか韓国で調律をしてやる!」と
心に誓ったものの
ピアノの調律は 諦めていた


何故なら 韓国にも 韓国ピアノ調律師協会なるものが存在し
調律師は ワンサカいるからだ!
ちょっとや そっとでは フリーランスの調律屋が 入りこめる余地はないだろう・・・


ならば・・・ということで チェンバロ事情を探っていた


事前に 韓国でのバロック事情を 探していたトコロ
昨年夭逝した 篠原理華女史などが メールで 
「現地のチェンバロを使った」 という程度で 詳細は 分からなかった・・・


まあ 楽器はあるらしいから メンテ屋もいるだろう!
もしかしたら 製作家も いるかもしれない!
がしかし どうやって 手がかりをつけるか・・・


てな訳で 音大を訪ねれば ナンとかなるだろうと思い
カヤホテルのフロントで 韓国の音楽科のある 音大を教えてもらった


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まずは ソウル大学! 
日本で言えば 東大みたいな 名門校!
地下鉄と タクシーで その門をくぐる・・・


案内センターで 音楽棟を教えてもらって 
事務局らしきところへ潜入
で とびきりの笑顔で 「チェンバロはありますか?」


『イェー (はい)』


ある!


あった!


韓国にも チェンバロが あった!
で 早速 その教室を見せて下さいと頼み込んだが
『講師がいないので 開けられません!』


ま そりゃそうだよね 
いきなり 日本人が来て 見せてくれったって
怪し過ぎるもんね・・・


で 場所だけ教わって 教室の扉の窓から
少しだけ チェンバロを覗く・・・
実に これが 韓国での 初めてのチェンバロとの対面!


でも その時見たのは モダンチェンバロの部屋だったんだけどね・・・


その後 大学の中庭を歩いていると 
どこからともなく ポーン ポーン・・・
お! ピアノを調律している音だ!


駆け寄ると 昼休みの 野外コンサートで使うピアノを
調律しているではないか!
おー 韓国の調律師だ! わっはっはっは!


早速 メモで筆談 (翻訳機を使いながら質問文を作成!)
韓国にハープシーコードはあるか? 製作家はいるか?


答えは 「NO!」


ムムム? たった今 この目で見てきたのに No だとは・・・
でもって 胡散臭そうに さっさと無視されてしまいました
トホホ


ま その後 延世大学やら 
インサドンの近くの 楽器屋ばかり集まった場所へ行ってみたが
収穫無し!


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それでも 韓国のチェンバロに 出会えたので
大好きな ハン・ソッキュのポスターの前で
思わず ガッツポーズ!   ・・・バカですねー


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2006.08.11

④ 海外でも携帯電話!

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2002年 5月21日 安東→ソウル
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さて もう少し 地方を回ってみようか・・・
とも考えたが まだ別の目的が達成されていない
・・・そう 韓国での チェンバロ事情


仕方なく とりあえずソウルに戻ることを決意
再び 列車に揺られて 山あい 谷あいを
ガタン ゴトン の半日


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ソウルに行く前に やっておかねばならないコトがあった
それは リコンファーム (離婚農場じゃ なくてよ)


個人旅行の時は 帰りの航空券の予約の
再確認みたいなコトしないと 予約が取り消される可能性がある・・・
マジかよ!


さて 今回 導入されていた もうひとつの 
秘密兵器を 紹介しちゃおう!
ジャジャーン!

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って ただの携帯電話なのですが 
これは 日本のAUなのに 韓国でも使えるのです!
(メール機能は 韓国では使えません・・・)


ちなみに 今の杣の携帯は
この後に出た 機種で
メールも インターネットも ラジオも 韓国で使えます! (高いけど)


てな訳で アジトの電話は 携帯に転送されるため
韓国にいても 仕事の電話が出来るし
韓国から 航空会社に電話もできるので リコンファームも 無事完了!


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ソウルに到着して ホテルを探すことにした
いつも同じ宿では ちょっと つまらない・・・
YMCAホテルと 同じくらいの価格で どっか いいとこ無いかな・・・


ありました!


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カヤホテル!


あのー 別にホテルの名前に 魅かれたとか
そんな訳じゃ 無くも無いことも 無いかも知れなくも無いんですけどね・・・
すいません 名前だけで決めました


てな訳で ソウル駅のとなり 
南営駅の近くにある カヤ観光ホテルに泊まりました
夜は じっくりと 翌日の作戦を練りながら 焼酎を飲みました とさ


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2006.08.10

③ ちょっとウルルン

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 2002年 5月20日 釜山→安東(アンドン)
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朝食も 賑わうチャガルチ市場で 焼き魚定食を食べ
昨夜 連れていってもらった ヨンチャン楽器へ行く


支配人らしき人が 対応してくれ まずは 御挨拶!
「アニョハセヨ! チョヌン イルボネ チョユルサエヨ (日本の調律師です)」
『コンニチハ ヨク キマシタ』 って 日本語で返されました・・・タハハ


ズラリと並んだ ショールームのピアノを弾かせてもらい
お互い カタコトの 日本語と 韓国語で コミュニケーション!
チェンバロは・・・ 全く知らないとのコトでした トホホ


で 今度は 地方に行ってみようと思い
プサンとソウルの 中間あたりで 適当な町を探す・・・
よし! アンドン(安東)の ハフェマウルというトコに 行ってみよー!

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プサン駅で鉄道に乗り テグで乗り換え 安東駅へ!
駅から しつこいタクシーのオジサンに すっかり騙され
ハフェマウルまで タクシーで ・・・高かったじょー!


この村は 昔の韓国の家が残されていて
ナント そこに 宿泊もできる!
いわゆる ひとつの ミンパク! (民泊)


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村の入口で タクシーから降りたとたん
近寄ってきた おばあちゃんが
杣の腕を ガッシと掴み 「ミンパクして行け!」と ひきづって行く・・・


「アー イェー イェー (あ ハイハイ)」
交渉の余地なく おばあちゃんの家に 泊めてもらうことになった
で 韓国の時代劇に出てくるような 昔の家に お泊りしました


床は オンドルで 小さな扉から 出入りします
便所は 懐かしいボットンで ・・・穴だけが ありました
小さな商店で酒を買い 食堂らしきとこで晩飯を食いました


で 夜になって おばあちゃんが 帰ってきて 
キムチを炒めて ゴハンを食べていたので
酒を持ち出して 一緒に飲みました


ナマリのきつい韓国語と 杣の つたない韓国語で 
それでも 楽しく過ごせたのは・・・
おばあちゃんの キャラクターのおかげです!  


素朴で 質素で でも タクマしい・・・
都会では 会えないような人間と 生活を
ほんのチョッピリ 体験できました!

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2006.08.08

② 釜山の青年

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2002年 5月19日 ソウル→プサン
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朝一番で 地下鉄に乗り キンポ空港へ向かう
日曜のせいか ひっそりとした車内
それでも 1年ぶりの韓国に 心は ドキドキ ワクワク!


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プサン(釜山)は 韓国第ニの都市
かつて 豊臣秀吉が 朝鮮に出兵した時も
この港町から上陸した


港の市場や 商店街を冷やかし
その日の宿を 決める
(またまた ラブホ的な 怪しくて 安い宿・・・)


荷物は リュックひとつの軽装だが
そのリュックを 宿に置くと もっと身軽になる
そして 夕暮れのプサンの町へ 繰り出す


見つけた!


ピアノの絵が描いてある 看板!
きっと 楽器屋だ!
早速 細い階段を登り 2階にある事務所を訪ねてみるのだが・・・


あれれ? 楽器屋じゃないぞ?


で 店員らしき青年が 「オソオセヨ(いらっしゃい)」
『あのー ここは ピアノ屋では 無いんですか?』
怪しい韓国語の 日本人に 青年は苦笑・・・


店内を見せてもらうと カラオケボックスのような部屋に
ピアノが1台づつ置いてあり どうやら 貸しスタジオのようだ・・・
客は誰もいなかったので 部屋のピアノを弾かせてもらった (全部 韓国製)


で 青年が 困惑した杣を見て 近所のピアノ屋まで 案内してくれることになった!
鍵をしめて テクテク 青年の後について行く
が 歩けど 歩けど なかなか到着しないんだ これが!


途中のお寺で 盛大にお祭りをやっていた
青年は 「今日は 仏陀の誕生日なんです!」と 教えてくれた・・・
そうか 旧暦の4月8日だったんだ・・・


で プサンタワーも越えて 15分くらい歩いて
ようやく ヨンチャン楽器店に到着!


・・・が 既に 閉店していた!


青年は 何度も謝ってくれたが
こちらの方が 仕事中に抜け出してくれて 感謝感謝!
(日韓ペコペコ合戦!)
そこで 彼とは解散したが・・・ 留守番いなくて 大丈夫だったのだろうか・・・


そんな親切な出会いに あたたかい気持ちで 二日目が終わっていった
プサンは港町なので 魚がウマイ!
あー 韓国人は親切だー!

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2006.08.07

① 2度目の韓国

2001年に 初めて韓国に行って
もう すっかり韓国のトリコになった杣は
翌年 2002年に しっかり準備をして 再び 韓国に乗り込んだ


今回の目標は
① 都会でなく 田舎を旅して 普段着の韓国を体験したい 
② 韓国で調律をしたい→韓国にチェンバロはあるか→その調査


時代は ヨン様によって 韓流ブームが巻き起こり
韓日Wカップを翌月に控え
誰からも 「ナンデ 韓国になんか行くの?」とは 言われなくなっていた

(って この時は テレビが無いので ヨン様がどんなヤツかは 知らなかった・・・)


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 2002年 5月18日 成田→ソウル
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ゴールデンウィークが終われば 航空券は とても安くなる
でもって 深夜到着の飛行機ならば もっと安い
21時過ぎに 仁川に到着し バスでソウルに入る


今回の 秘密兵器は・・・ これ!
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前回 言葉の壁に 激しく打ちのめされた杣は
なんとか ハングルの仕組みを覚えたが
意味が分からない・・・ ということで 翻訳機を購入した!


韓国語⇔日本語 どちらも対応しているのだが
単語しか翻訳してくれないため 会話にはならない・・・トホホ
だが 食堂などで どんな食べ物が出てくるかは 予想がつく!


という訳で 深夜のソウルに滑り込み まずは一泊
翌日は 朝一番で 移動だ!


 

 

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2006.05.14

終: 全ての始まり

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2001年 5月 17日 ソウル⇒成田
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杣は 前日の夕食で シシトウと思って食べた 青唐辛子に
肛門黄門が 華氏911度くらい 熱痛かった・・・ 


結局 韓国まで来たのに 焼肉を 食べることができなかった
それは ただ 金が無かったせいである
庶民がカジュアルに食べている 食文化を 体験したかったからだ


飛行機で 隣に座った人と 会話をした
日本に出張に行く 韓国人の男性だった
兵役のこと 政治のこと 家族のこと・・・


彼は 名前を ハングルで「イ」と書くのだが
英語では 「Lee」と書いていて ・・・不思議だった
が そうした理由が分かるようになるのは ・・・数年後


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この 初めての旅では ここに書ききれないくらい 沢山の経験をした
それは 初めて韓国映画を見て 感じた「何か」よりも
更に 韓国へのベクトルを 大きくしてしまった


その帰りの飛行機で 杣は 心の中で誓っていた
「いつか 韓国で調律をしてやる!」


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杣の好物は 野菜 唐辛子 ニンニク
杣の性格は 両極端 熱しやすく冷めやすい
杣の苗字は かつて朝鮮にあった地名と同じ


これでは DNAが反応する訳だ


あれから5年経つ 
その間に 旅行で4回 仕事で10回も 訪韓することができた
そして来年 ・・・ある計画の準備を始めている!


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2006.05.13

⑦ 太極旗の陰陽

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2001年 5月 16日 板門店⇒ソウル
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バスを降り 韓国側の敷地内の
自由の家 展望台 と見学を終えたとこで
・・・ちょっとした 足止めをくらう


北朝鮮サイドの観光客が まだ 国境のある会議場の中にいる・・・
彼等が退出するまで 韓国サイドのゲストは入室できないのだ
会議場には 北朝鮮 韓国 双方の専用の出入り口がある

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北朝鮮サイドのゲストが ゆっくりと退出していった・・・
そして いよいよ 我々も 軍事停戦委員会本会議場の建物に入る
なんてコトない どこにでもある 平凡な小屋・・・ この中に 国境がある


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長いテーブルの中央にある マイクの位置が 国境
写真の右が 朝鮮民主主義人民共和国
左が 大韓民国  ・・・建物内では 国境を越えることが出来る


杣は いつもの足取りで 国境をまたぐ


こんな線によって 奪われていった いくつもの魂
こんな線によって 守られている いくつもの魂

こんな線を設けることによって 殺戮を終わらせる 人間の賢愚
こんな線を設けなければ 殺戮を終わらせられない 人間の賢愚


ふと 窓の外の 北朝鮮の兵士と 目が合う
ズキン という動揺を隠そうと 視線を空に向けると

そこには ぬけるような 青空が広がっていた・・・


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見学の最後に 国連キャンプに戻り 食べ放題の昼食
金髪美人のポスター  激しいビートのBGM
溢れる料理 賑やかな軍人達の喧騒  
・・・それは まるで 安っぽいハリウッド映画のワンシーン


ソウルに戻ると 若者で賑わう明洞に繰り出した
飢餓の同胞から わずか50キロほどの距離で
ソウルは 飽食の日々を 謳歌していた・・・


生への活力 死との対峙 
この両極が 太極旗の陰陽のように 綿密にリアルに内在している


そんなギャップに苛まれながら 最後の夕食の店を探していた
何気なく入った食堂で キムチやナムルと一緒に 並べられた
ししとう らしきものを ポリポリ むさぼった・・・


が それは 青唐辛子だった!
慌てて飲んだ水までも 痛点だけを刺激するほどの 辛さ というか 痛さ!
目から鼻から涙を流した顔で 笑顔をつくり 勘定を済ませ 宿へ逃げ帰った・・・

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2006.05.12

⑥ 板門店へ

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2001年 5月 16日 ソウル⇒板門店
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朝8時に ロッテホテルへ行き
板門店(パンムンジョム)ツアーに参加する(\6500)
(これは 事前に予約が必要!)


板門店 ・・・韓国と北朝鮮の国境上に位置する街
北朝鮮軍と 国連軍によって 警備されている共同警備区域


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杣は朝鮮半島の国境が 北緯38度線だと思っていた
だが それは 1945年ヤルタ会談から 1950年朝鮮戦争勃発までの国境であって
現在では 東高西低の 新たな国境が 1953年に板門店で制定されている


ツアーバスに乗り込み ガイドの流暢な日本語で 韓国の歴史の説明を受ける
日本による植民地の時代  大戦後のアメリカとソ連による南北分断
そして 朝鮮半島における 南北の戦争と 現代の分断


陽気だった 日本人ツアー客も 静まりかえる
バスの中に 重たい沈黙が 充満する


イムジン川の橋を渡る時 韓国の若い兵士が バスに乗り込んでくる
乗客一人一人の パスポートと顔を 入念にチェックする
背を向けた兵士の 肩から提げられた 大きな銃が目に入り ・・・びびる 


国連軍のキャンプ地で 板門店に関する スライドを見せられた
スライドの説明の中で 何度も「敵」という言葉が 耳に飛び込んでくる
そう ここは 今でも休戦中なのだ  ・・・終戦ではないのだ


韓国側の板門店の観光は 国連軍のゲストという扱い
なので ラフな服装や 軽装では 共同警備区域に入れない
この日も 数人の女性が 準備されたスカートに 着替えさせられていた


そして 「命の保障は無い」という書類に サインをする
もっとも 命の保障なんてものは いついかなる時も 無いものだが・・・
再びバスに乗り いよいよ 共同警備区域へ・・・


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↑図の黄色い部分が 軍事停戦委員会の建物
この中に 国境がある・・・ (赤い線が国境)


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2006.05.11

⑤ ユリサンジャ

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2001年 5月 15日 春川⇒ソウル
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パトカーに乗せてもらい 春川駅に 無事到着!
そして 山間の路線を 2時間弱 列車に揺られながら
昼過ぎに ソウルに到着した


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地下鉄に乗って 東大門に立ち寄る
駅前の雑貨屋のようなトコで
ユリサンジャのCDを買った


前述した「G戦場のコリア」という物語は
あるピアノを追って 調律屋が旅をする というストーリー
そのピアノのブランドが 「ユリサンジャ」なのだが・・・


実は ユリサンジャとは 「ガラスの箱」という意味で
男性2名の 韓国の 歌手のユニットである
透明感のある声 哀愁のあるメロディー ・・・嗚呼

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ソウルでも 楽器屋を探し
クラシック音楽の雑誌を 2冊ほど購入
勿論 ハングルなので チンプンカンプン・・・


宿は 初日と同じ YMCAホテル 
そして 翌日は・・・
いよいよ JSA 板門店だ!


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2006.05.10

④ パトカー!!!

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2001年 5月 15日 春川⇒ソウル
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杣は 海外で 楽器屋に立ち寄る習慣がある
その国の ピアノを弾いて カタログをもらう為だ
春川の朝も 例のごとく 2件の楽器屋を見つけた ラッキー!


ソウルまでは 鉄道で行こうと考えていた
外国で 様々な交通手段を試みるのも
旅の楽しみの ひとつである


で 春川市内の地図を広げたが・・・
駅と市内の間には 巨大な軍の施設があるではないか!
これは 突っ切ることが出来ないのか? ウーム・・・


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そうこうしていると 目の前に交番があった
すかさず入り 「駅まで行きたいのだが
軍の施設を 迂回しないで行く方法が無いか」 尋ねた


返事は 「ノー」だった
・・・仕方ない 歩くことは得意なのさ・・・
交番を出て ショボショボと 歩き始めた


すると 後ろから 警察官が追いかけて来るではないか!
たっ 逮捕されるのか? スパイだとバレたかと間違われたか?
森の熊さんか?


そして 交番の前に駐車してあったパトカーの ドアを開け
「乗れ!」という!
れっ 連行か? どうする! 逃げるか?


まあ 逃げ切れるモノではないから・・・
観念して乗ってやったよ
言われるままに 後部座席に乗りましたよ・・・ハイ


すると どうしたことだろう!
パトカーは 軍の施設をグルーンと 廻って
杣を 駅まで送り届けてくれたのである!


ハッキリ言おう ・・・嬉しかった!


送ってもらったコトは 勿論だが
パトカーに乗れたコトが
暖かい優しさが 嬉しかった!


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いやはや 春川のおまわりさん
あの時は 本当に カムサハムニダ!
このブログが 当局に見つかって
叱られたりしないことを 祈ってやみません!


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2006.05.09

③ 温泉マーク

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2001年 5月 14日 統一展望台⇒草束⇒春川
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国境見学を終え 一旦 草束まで戻ってきたのだが
このまま 飛行機でソウルに戻るのは なんだか詰まらない・・・


それならば・・・ 
ということで 丁度 中間に位置する 春川(チュンチョン)で一泊して
それから ソウルに戻ろうと考え 長距離バスに乗った(\1180)


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バスは 途中で2回ほど 10分程度の休憩をした(黄色いチェックの場所)
立ち寄った街で 本屋に入り 韓国の地図を買った (チンプンカンプン)
4時間ほどかけて バスは春川に到着した


時刻は既に21時近い ・・・とにかく まず 安そうな宿を探す
日本では いかがわしいイメージの 温泉マークだが
韓国では 健全な普通の旅館の目印! (と ガイドブックに書いてあった)


で 見つけたのが ホテル「グリーン荘」 (\2500)
外観も 部屋の様子も どう見てもラブホだが・・・
フロントには ズラっとエロビデオが並んでいて・・・ラブホだった!


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宿の近くの食堂に飛び込む ・・・腹が減っていた
しかし メニューが解からないし 言葉も通じない
で オバチャンが メモに8000と書いて こちらの反応を伺った


恐らく 8000ウォン(\800)のことだと思い それを注文した
が 鉄板の上に広げられた材料は どう見ても二人分・・・(んなに食えるか!)
鶏肉やら 野菜やらを 炒めてくれて・・・意地で完食した!


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帰国してから知ったのだが 
この時食べた おいしい料理は
春川名物の 「タッカルビ」というものだった


以来 この辛い鶏肉料理は 杣の大好物である!

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2006.05.08

② 統一展望台

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2001年 5月 14日 ソウル⇒草束⇒統一展望台
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「8月のクリスマス」で主演している俳優 ハン・ソッキュは 
「シュリ」という映画の主役でもある
杣は その映画で 南北が分断されている事実を 初めて知った


となると やはり国境というものを 体験したくなる・・・
そうして 始めに向かったのは
韓国 東海岸の国境にある 「統一展望台」


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まず キンポ空港から 草束(ソクチョ)まで 飛行機で飛ぶ(\4650)
そこから バスで50kmほど北上し 統一展望台へ
と 簡単に書いているが とにかく言葉の壁は 厚かった・・・


バスの乗り継ぎ・・・どれに乗っていいのか さっぱり解からない
食堂・・・何がどんな料理か さっぱり解からない
でも そうこうしながら 統一展望台に 辿りつく


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展望台から 北を見る・・・
中央の丘の上にあるのが 北朝鮮の軍事施設 (注:撮影禁止!)
左の山が 朝鮮では富士山的存在の 金剛山


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展望台から 南を見る・・・
山の斜面に 「統一」という文字が 描き出されている


実は ここに辿りつく間に バスから 様々なモノを目撃してきた
海岸線には 上陸を阻止する バリケードと監視所があり
道路には 有事の際に道を塞ぐ防護壁が 幾つも設けてある


それは まるで 映画の中の 戦場のようだった・・・


 

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2006.05.07

① 韓国初上陸

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2001年 5月 13日 成田⇒仁川⇒ソウル
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そのコトを知ったのは ナント 韓国に到着してからだった!


杣は その時まで
到着する空港は ソウルのキンポ空港だと思っていた
何故なら ガイドブックに そう書いてあったからだ


韓国往復のチケットを 購入したのだから
当然 国際空港の キンポに到着するものと信じていた
飛行機を降りると キムチの匂いがするというので有名な あのキンポ空港・・・


機内では ガイドブックを広げ 地下鉄の乗り方などを勉強していた
とにかく 空港から市内まで 辿りつきさえすれば 何とかなる
フムフム ・・・ニャルホド  ・・・チョロイ チョロイ! 


だが 飛行機が着陸したのは ・・・仁川国際空港だった!


あの・・・ 仁川(インチョン)って どこ?
一応 韓国らしいんですけど・・・
地下鉄なんて ・・・どこにも無いじゃん!


このハプニングの原因は 単純明快!
新しい空港が出来たのは 二ヶ月前の 3月
つまり ガイドブックが古すぎた というか 空港が新しすぎたのだ!


ちなみに この空港は 翌年開催される
サッカーWカップの為に 新設されたそうだ
そんなことも 帰国した後に 初めて知るのだが・・・


空港の案内所で ソウル市内までの交通手段を 教えてもらい
それらしきバスに乗った  ・・・心拍数はプレストのクレッシェンド!


ロッテホテル前で下車し さんざん迷子になりながら
YMCAホテル(\4000)に チェックインした
やれやれ ・・・初日から こんなんで平気なのか?


で 初めての買い物が コンビニで テレフォンカード
・・・ここでも 大恥さらしたんだよな
全ての日本人に ・・・ゴメンナサイ という気分だった

Photo_1


韓国の第一印象は ・・・騒々しかった 
街に溢れている ハングル看板が ・・・目にも騒々しかった
でも 「生きている!」 という活気が ・・・DNAを騒々しくさせるくらい 嬉しかった!


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2006.05.06

序: 韓国の響き

2000年 秋 

杣は東海道を歩き終え 次の作戦を計画していた
京都の鴨川から 東京湾まで ゴムボートで帰ってくる!
という アホらしい計画を 本気で考えていたから ・・・笑える


そんな時 偶然見た映画が 「8月のクリスマス」
たった それだけで 全てのベクトルが 韓国へ向いてしまった・・・


当時 杣は 韓国が何処にあるかすら 把握していなかった
「民主主義」という言葉が 入っているだけで
朝鮮民主主義人民共和国を 韓国だと思っていたくらい 無知だった


それなのに 韓国映画の中で 初めて聞いた 「韓国語の響き」
これに 何故か DNAが反応してしまったらしい
意味など解からないが その響きに 「何か」を感じた


こうなると もう イテもタッテもいられない!
ゴムボートなんて・・・ どうでもよくなってしまった・・・ 


そんな訳で 2001年5月に 初めて韓国へ行った
リュックひとつの4泊5日
宿は予約なしの 現地調達という 無謀な計画だ


この時 杣の知っている韓国語は
「アンニョンハセヨ」と 「カムサハムニダ」のみ
英語も話せない ・・・まっ どうにかなるだろう・・・


さて 今回は その旅を回想してみたい



ちなみに 日本ピアノ調律師協会の会報 No115
2001年7月号に寄稿した 「G戦場のコリア」は
この時の体験を元にして 書いたフィクションである


  

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