2008.08.26

夏の陣

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さて 今日もメンテであります
半音 ピッチが高くなっているのは
もちろん 湿気のせいであります


前日に 突然 増えたり 減ったりするのが
韓国メンテの実状でありまして
今日も 2件が3件になり 3件が2件になり 3台の楽器と対面


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いろいろと 韓国のチェンバロ調律師業界の噂を
チェンバリスト達から 聞かせていただき
最大公約数的 焦点は 絞れてきてたりしますが まあまあ アハハ


・・・・・・・・・・・・・・・・・


夜は 4月に知り合った 韓国の調律師達との
最後の晩餐!
今夜は ウナギ屋で レッツラゴーであります!


ユン・ジュンヒョン キム・テウ
彼等は 同い年(45歳)ということで タメ語のチング


ヤン・ヒョンジュ ソ・サンジョン 
彼等は 大先輩であります


ソン・サンス ウララ
彼等(?)は 後輩ということで いばります!


途中から キム・トゥフェ先輩も駆けつけてくれて
大いに 盛り上がりました!


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えー 途中から 記憶がありません


焼酎 一気飲みを 何度も繰り返し
後輩の話によると 2時間ほど 外を歩きまわっていたらしいです・・・


しかし 今回のセミナーの感謝として
プレゼントをいただいたことは 記憶しておりますし
ちゃんと 持って帰ってきております


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これは なんと 亀甲船の模型であります!


16世紀終盤
全国を統一した 豊臣秀吉が 
全国の武将の力削減の為に 弄したのが北京進出でした


しかし 文禄・慶長の役でも 日本は朝鮮を落とすことは出来ませんでした
その立役者が イ・スンシン将軍であり
彼が 日本の海軍と戦ったのが この 亀甲船だったのです!


えー ちなみに 韓国の英雄 イ・スンシンも アン・ジュングンも
抗日であり 非常に微妙な方々であります


しかしながら オイラは イ・スンシンの大ファンで
彼が幼少時代を過ごした 牙山市に 
2004年に 旅をしたりしております


ま そんな関係で このプレゼントを見た 他の調律師達は
ヤンヤ ヤンヤ
でも マジ 嬉しかったっす


最後は サンスと抱き合いながら 地面にぶっ倒れたらしく
記憶はありませんが 左膝が 激しく痛んでおります・・・
ヒビ 入ってないと いいんだけれど・・・


後輩の話によると 
オイラは 酔っ払っても 不思議な韓国語で会話していたそうです
たぶん 全部終わった 開放感が ハジけたようですが・・・


058


そんな 夏の陣でありました


もっと 韓国語 勉強します
そして 機会があったら 
たくさん伝えて たくさん学んで


우리는 하나다!

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2008.08.25

夏のメンテ

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セミナーの余韻も 冷めぬまま
韓国のチェンバロ達の メンテ


今年から 年に数回訪韓する作戦をとっているので
楽器達は 比較的 健康な状態を保ってます


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メンテという仕事は 作業中 とてつもなく孤独です
でも だから 楽しい ともいえます
人間ではなく 楽器と いろいろ会話してます


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こんなブログ やっておきながら ナンですが
基本的には 人ミシリだったりします
でも 楽器ミシリではないので 人間相手より 楽器との悶着は 楽しいものです


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ただ 時々 製作者には 腹が立ったりします
これは 製作時に 既に 鍵盤に問題があったことを 訴えてます
なのに こうして オーナーの元に 嫁入りしてきました


製作者は 知り合いなので
前回も 鍵盤に問題があったことは 伝えております
というか 彼のほうから 気にして 状況を聞いてきました


自分も含めて チェンバロの世界は
マイナーだけに 簡単に 業界の中で仕事ができます
それは 時に 実力でなく マイナー故に 可能なコトがあったりします


中傷が目的ではありません
なので 遠まわしですが
良い音楽環境のために できれば 皆が良心的な仕事をしていこう!


そんな 一日でした

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2008.08.24

夏の勝利

大会最終日


三日目ともなれば 知り合いが 少しづつ増えてくる
朝食会場で ペコペコと 挨拶合戦
頭の中は 今日のセミナーの作戦で 悶々としている


「昨夜のギター 良かったですよ!」
忘れようとした記憶に 引き戻され コンチクショウと思うが
韓国人も お世辞を言えるということに ちょっと感心したりする


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前半の 構造と調整は 昨日の内容に
後輩からのアドヴァイスを 取り入れ
前日よりも 重心の場所を キチンと伝えることができた


問題は 後半である


古典調律の理論と実践
明智光秀ではないが ここで 謀反を起こした
通訳の大先輩を通さず とにかく メチャクチャな韓国語で話し始めた


しかし この「ソウルの変」は 成功した


こちらの 拙い韓国語でも 聴衆は ついてきてくれたのである
というか それまで以上に 熱心なオーラを 送ってくれた
ならば ますます 燃えなければいけない!


良いコンサートの時 そこには 必ず 聴衆のオーラがある


こちらも そのオーラに答えるべく しゃべり続けた
もう 助詞がどうなっているか 分からない
でも 我々は調律師であって ベクトルは同じである


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ウリヌン ハナダ


我々は ひとつである
言葉の国境を 飛び越えて
調律師は ただ 音楽の為に仕事をする


1日で これだけの人間と握手をすることは
生涯で 今日くらいなものだろう


自分を 育ててくれた 先輩や演奏家
そして 今回のセミナーの準備に 協力してくれた人々
なかでも 後輩には 本当に感謝である


いつの日か 韓国のチェンバリストから
もう 日本から来てもらわなくても結構です
韓国の調律師が ちゃんと やってくれるので
そう 言われる日が 来ることを 夢見ている


そして 今回 
その夢に また一歩 近づけた気がする


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閉会式


様々な人の挨拶
様々な人の紹介


その中で 225名の 韓国の調律師は 
声を合わせて 復唱させられるシーンがあった


「ウリエ ソンベヌン ハヌルダ」
『声が小さい! もう一度!』
「ウリエ ソンベヌン ハヌルダ!」


我々の先輩は天(神)である!


儒教の国である
先輩は絶対であって
神のようなものである


この底辺が この文化を繁栄させた基盤でもある

この底辺が 新しい可能性を 阻むことにならないことを
強く 強く 願い そして これからも貢献していきたい


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2008.08.23

夏の晩餐

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17時から サミックピアノの イ・ヒョングク社長が
「ピアノ業界の現在と未来」と題して 特別公演


大きなふたつのモニターには
様々な画面が映し出され
ピアノ業界の現状と 打開策らしき内容が映し出されていました


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そして 18時から晩餐
まずは ヤマハミュージックコリアの 山森社長が挨拶


ピアノ生誕300年という時代でありますが
ヨーロッパで誕生し 変貌を遂げてきたピアノは
現在 中国・韓国・日本・インドネシアで 世界の95%を生産しているそうで


まさに 生産数だけをとれば
ピアノは アジアを中心に 新しい歴史を刻んでいます


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そして ソ・サンジョン元会長が 乾杯のスピーチ!
「ウリヌン ハナダ! (我々は ひとつだ!)」
88年の ソウルオリンピックの合言葉を 高らかに叫び 宴が始まりました!


えー この言葉 とても気に入りました
全国から集まってきた 韓国の調律師の情熱は
まさに この一言に 尽きると思います


次回の日ピの会報のタイトルは これで決まりです


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食べ放題 飲み放題 ビュッフェスタイルの晩餐を
更に 盛り上げてくれたのが
大きなスクリーンに映し出された オリンピック中継!


韓国とキューバの 野球の決勝が 生中継で映し出され
ひとつひとつのプレーに 歓声やら ドヨメキやら・・・
日本対韓国の試合でなくて 本当に良かった・・・


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しかしながら 野球は最後まで見られず
途中から 会員達による コンサート!
サックスやら ギター ピアノ いやー たいしたものです!


ここまでは よかった


この後が 地獄だった


隣の席に座っていた 後輩が
「先輩はギターが上手いんです!」 などと会長にチクったものだから
さー 大変!


一度は トイレに逃げ込み そろそろ 免罪になってるかと思って
こっそりと席に戻ったら 元会長に拉致され ステージ上へ・・・


「これがギターですか 初めて見ました」
などとギャグを飛ばしながら しぶしぶ オリジナル曲を弾きました
タイトルは 「あの夏のペンギン」


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これは まったくもって 後輩に対して 怒り心頭しました
クラシックギターは フォークギターより はるかにネックの幅が広く
おまけに 酔っ払い状態で 突然の恥さらしであります!


自分の曲なので 間違えても 誰もわからないのですが
とにかく 極度の緊張に 足が終始 3センチほど上下に震えてました


しかしながら 転んでもタダでは起きない性格であります
演奏者が コンサートで緊張する気持ちが
すごく よく分かって 良い経験が出来たと 今では思ってます


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そんな サムーい 日本人の後に トリを盛り上げてくれたのが
初日のセミナーにも 参加してくれた 舞姫 イ・チヨン
ポップなミュージックに 一人で 延々と踊って オジサン達 大いに盛り上がってました

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夏の惨敗

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そんなワケで 7時から朝食会場に行き
眠そうな韓国人と共に 朝食を食べる
三日間 我々は缶詰状態で 彼らと一緒に食事をいただく


8時に あわただしく 準備を終えて
通訳の イ・ポジョン翁と 打ち合わせをする
そして いよいよ夏の陣が 始まった


当初 メールでの連絡では
4時間 ふたつのセミナーを やってくれ と なっていた
なもんで 構造と調整 古典調律の理論と実践 を準備した


しかし スケジュール表を見て
これは 同じ内容を 2回やらなければいけないコトに気づき
あえて 内容を短縮したものに 変更した


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前半 構造と調整は 大ウケだった
なんてったって ジャックの模型を作るのである
セミナーでは こうした実習は 喜ばれる


後輩も あちこちの席へ赴き 作り方を説明してくれる
中でも スプリングの取り付けは 素晴らしい作品が誕生していた
まったく 想像を絶するスプリングの取り付けに 春ではなく冬のように寒かった


最初は 5人くらいから始まり 最後は15人ほどの聴衆が来てくれた
部屋の大きさ的には これ以上 入ったら
ちょっと 息苦しいくらいである


で ジャック製作の後 調律理論が始まった
ここから 空気は冷え冷えとしていく


内容が ハイレベルなせいでもあった
通訳の翁は その限界を超える内容でもあった
理由は たくさんあるが やわらかい内容にすることは 出来なかった


夏の陣 初日は 敗北である


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これで チェンバロへの興味を 増幅できたとはいえない
もしかしたら やっぱり難しい なんて感想を与えてしまったかもしれない


セミナーは 語り手の 知識の披露会になったら 失敗である
得た情報が いかに やる気を引き出させる動機になるか
僅かでも そうしたエネルギー源に ならなければ いけない


準備した時間とエネルギーは 無駄に終了した
明日のセミナーでは 大幅に 内容を変更してみる予定である


無数に放った 好奇心という毒を持った矢は
どうやら 敵陣へ届くどころか 真上に向かってしまったようだ
全ての矢は 喪失感という毒に変化して 真っ逆さまに 自分に降ってきた


さて 今夜は 晩餐会がある
鋼鉄の肝臓を持った同士達と 死ぬほど飲んで
明日への英気を 養おう


くそーーーーーー!

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夏の開会式

2008 全国 会員修連会


韓国全土から 約230人の会員が集まって
2008年 夏のセミナーが始まった


受付は 11時から始まり
30分遅れの 13時から 開会式


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開会式の最初に
会員は 全員起立して 胸に手を当て
何かを 宣誓していた・・・


そして パク・カンヒョン会長の挨拶
続いて 二人の役員の挨拶
なにひとつ 意味が分からないまま 開会式は終了した


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2004年 夏
韓国調律師協会の イベントと同時に開催される
ピアノ展示場に オレは 行った


日ピの会報126号に 詳細を記述した


今回は 当時と同じ場所だが
建物は 別館を3階まで借り切ったイベントになっている


1階のホールは ピアノの展示場
2階 3階が セミナーの教室になっている


韓国ピアノ調律師協会 KAPTは
毎年 このようなイベントを開催しており
常時 全国から 200人以上が参加するというから 驚きである!


そして 技術者は 全員
敷地内のホテルに宿泊し
2泊三日の 修練会に参加するのだ


我々も 部屋がとってあるとのことで
開会式後 東大門のホテルに行き 着替えを持ってきて
宿泊することになった


幹事の調律師から セミナーに関する連絡を受ける
最初の日程表では 朝9時から12時半の予定だったが
なんと 8時から12時に 変更になっていた・・・


朝8時から レクチャー・・・ 出来ないことはないが
聞きにくる人 いるのか?
そんなワケで 深夜まで レクチャーの準備に励んだ


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2008.08.22

夏の雨 むせぶ涼

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ソウルは 雨も似合う


韓国映画を 集め始めた頃
すべての作品に 雨のシーンがあって
ああ 韓国って 雨が似合うなって 思った


心も 頭も そして 体もクールダウン


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回 宿泊しているのは 東大門のレジデンス


東大門には 運動場があって
4月に来た時 ヤン先輩が
間もなく 取り壊されるという話を してくれた


ヤン先輩は 高校時代に この運動場で
サッカーをやっていたことも あったらしく
なくなってしまうのを とても 残念がっていた


そして 今 運動場は たくさんのショベルカーによって
跡形もなく 都会の中の 土の丘陵
やがて こんな施設と 公園に 羽化するらしい


Photo


最寄の 東大門運動場駅は なんと天国だった


いつもなら 韓国で ハングル入りのユニフォームを作るのに
わざわざ 南大門市場に行き 4万ウォンを支払って
三日ほど 待たねばならない


しかし この駅の地下マーケットには
ユニフォーム屋が 100メートル以上に渡って 連在しており
わずか 2万ウォンで 1時間もすれば 名前を入れてくれる!


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なもんで CDダビングやら テキスト作りに
大きく尽力してくれた 後輩に 
今回は ラーメンでも アメリカンドックでもなく ユニフォームを贈った


せっかく 韓国で作るのだから ハングルにしろ と言っても 聞かず
英語なら RよりLの方が カッチョ良い と言っても 聞かず
天才と 凡人の センスの隔たりの大きさに 唖然とした


まあ イングランド代表を選んだのは
悪くなかったのだが・・・
凡人は これを着て ジムのエアロに 励むそうだ


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さて 開会式は 午後1時


テキストが二つ キット アクションモデル
工具カバン 書類カバン 
むっつもの荷物を抱えながら いよいよ潜入だ!

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2008.08.21

夏の京城 いざ出陣

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ソウルの空は 青い
見上げる空は いつも 青い
見上げてる顔は 何故か 蒼い・・・


Kapt


いよいよ 明日から 
KAPT 韓国調律師協会の
夏の大会が 始まる


ホテルで 最後の準備が終了した
もう あとは 本番を 頑張るだけ


今回のミッションの重心は
韓国の同志達に 多くの情報を伝えるというより
チェンバロへの関心を 少しでも抱いてもらうこと


僅かなキッカケは 時間とエネルギーの中で
強大な変貌を遂げることがある


自分は 何気なく見た 一本の韓国映画によって
今 また ソウルに来ている
7年前には 想像もしなかった未来の中にいる


1度 という角度は ほとんど平行に近い
しかし その1度の角度を ずっとずっと伸ばしていけば
それは 大きく離れた位置で存在している


十年後 相変わらず 自分の座標は 想像もできない
けれど 明後日のセミナーでは ヘロヘロな自分が いることだろう


その前に 一度 クールダウンしないと・・・

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2008.04.04

ラッキー復活

最終日は コンサートのために 13時にホール入り
日本と違って 楽器の運搬がないので
なんだか 楽チンなんだけど ちょっと 手持無沙汰


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そんなワケで 南大門に行ってきました
放火され 崩壊したとのことで
どんな状態かと思ったのですが・・・


すでに でっかい囲いがされて
修復が始まっておりました


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ガラス張りのとこから 中が見えるのですが
よく分からなかった・・・


というか 現存している頃も 南大門市場には
ハングルのユニフォームを作りに よく来ていたのですが
門なんて ちゃんと見てなかったんだよね


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「20年後に会おう!」 って 修復に 20年もかかるの?
たぶん 生きてないな


昼食を 市場で食べて そのまま ホールに直行
結局 土産を買う時間もなく 最後の仕事へ


・・・・・・・・・・・・・・・・・


コンサート終了後


たくさんの聴衆と挨拶をしている演奏者
興奮冷めやまぬ 終演後の空間
いいですねー


で 宴会嫌いの杣は 密かに会場を後にしようと
そっと エレベーターに向かって歩いていたら・・・
捕まりました・・・ ヤン・ソンベ ユン・ソンベ そして その友達の調律師達・・・


「おい 酒飲みに行くぞ!」
『あ 先輩 いや 疲れてるのでホテルに帰ります』
「大丈夫だ! さあ オレの車に乗れ」


拉致されました


ソンベ達の他に 二人の調律師を紹介され
5人で 辛い海鮮鍋をつつきました
焼酎は 20本以上空けてましたわ・・・


その後 居酒屋に移動し ビールをガンガン
何故か 腕相撲をやったりしていた記憶が チラチラあるのですが・・・
ホテルに帰ったのは 午前3時過ぎ・・・ 


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たくさんの話をしました


彼等は皆 どうやら 去年の世界大会に来ていて
テグで杣と会ったというのですが
さすがに こっちは 覚えてませんわ


でも 「楽器も調律も 音楽のためにある」という意見で 意気投合し
何度も乾杯を繰り返し
お互い がんばる約束をしてきました


次回 夏に来ようと思っている と話して
その時には セミナーのような大げさなものでなく
チェンバロに関する 勉強会をやろう ということになりました


気力体力とも けっこう 限界に近かったのですが
調律屋としては 充実した時間の連続だったので
体の奥では 密かに そして 確かに 熱くなれた出張でした


서울야 고마워!

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2008.04.03

終わればラッキー

五日目の朝は 地下鉄4号線の 「誠信女大入口駅」 2番出口で待ち合わせ
「久しぶりです」と挨拶されるが・・・ はて どこで会ったんだっけ・・・
美人なので 覚えているのだが どこで会ったかまでは 思い出せない


なかなか 思い出せないので 聞いてみたら
数年前 大田に行って メンテをした学生さんだったのです
いやー あん時は 1日がかりで ツメを全部交換したんだっけ・・・


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家に到着すると 中古のチェンバロを買ったとのことで
弦は切れており 鍵盤も動かず 出ない音も多々あるという
やりがいのある楽器だったのですが これを売った人って ある意味 勇気あるよな・・・


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家族は まだ大田にいるらしく ソウルで一人暮らしなんだそうですが
ちっこいワンコが 1匹いて チョロチョロ チョロチョロ
飼い主に聴こえるように 韓国語で ささやいてきました


「かわいいねー 実はオレ ポシンタン(犬鍋)が大好きなんだ」
その後 ワンコは別室へ連れていかれ 
帰りまで 会うことはできませんでした・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


美人の作った サンドイッチを二切れゴチになり
地下鉄3号線の 「元堂駅」へ ・・・遠かった
ここはソウル市ではなく 隣のコヤン市(だったか?)だそうです


5番出口で合流し 車に乗せられ 15分ほどドライブ
かなり北に位置しており 北朝鮮との国境まで すぐだとのこと・・・
このまま 北へ行きたくなるが ぐっと我慢 


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ややこしいのですが この楽器こそ 
午前中の美人が 大田にいた時 持っていた楽器で
ツメを交換した楽器だったのです


連打不良と首吊り この両方の間の位置が とても難しい楽器で
3年前に なんで あんなに時間がかかったか 思い出しました
今回は ツメ交換がないだけ 早く終わったものの・・・


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そんなワケで ミッションMは 完遂!
8台の予定は 15台という ありえねー台数になっており
終わってから 一気に疲れが出て参りました


でも 今回は ある程度 こちらが納得できるまで
時間をもらえた仕事が多かったので 
今までよりは 次回に繋がる要素が多い気がしております


で 本日13時まで あと3時間くらいが 唯一のフリータイム
シャワーを浴びて 焼けた南大門でも見て メシを食えば・・・
それだけで 終わってしまいそうだわ

 


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2008.04.02

エイプリルフールをラッキー使用

四日目の朝 9時にホテルまで ヤン調律師が迎えに来てくれる
韓国時間というのがあるから いつ頃まで待たされるか心配だったが
さすがは調律師 9時ジャストに車で登場! 


向かう先は ソウル大学!
ついに ソウル大学のメンテをやれる日が来た!
韓無料 じゃなかった 感無量である!


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というのも 遡ること6年前 
チェンバロを探して ソウルをウロチョロした時に
初めて出会えたのが ソウル大学のチェンバロだったんです!


で その時に メモで筆談し 「チェンバロは無い」と
無愛想に言ってのけたのが ヤン調律師だったのです!
もちろん 彼は当時のことを覚えてないでしょうが・・・


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行きの車の中で ヤン調律師は
「昨年の テグの世界大会で 君と会ったので 覚えている
 あの時は 髪を後ろで結んでいたから 別人だと思った」と のたまう


うーん やっぱり 去年 無理して世界大会に行っておいて よかった
こうして 知り合いが増えるきっかけになっている
杣もすかさず 『なんとなく 覚えてますよ』 と エイプリルフールで返す


で とにかく 会話がお好きな方らしく 車に乗っている間
ずーと いろいろなコトを話ました・・・


難しい会話になるのを避けるためには 秘訣があります
こちらが 予想できる答えの質問を 先にするのであります
ソウル大には 何台ピアノがあるか どこで調律を勉強されたか 等等


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で 作業中は 音律やら ヴォイシングなどを
熱心に観察されており 要所要所で 説明を求められました
難しい言葉は 筆談し 韓国の調律用語も 覚えるいい機会にもなりました


昼は 学食へ行き ビビンバをゴチになる!
趣味の話になり サッカーをやっているというと
彼は 「本当か! オレもサッカーをやっている!」 と 大いに盛り上がります


彼は今 五十代半ばだそうで 50歳代のチームに所属しており
毎朝 近くの学校のグランドで 仲間とミニゲームをして 仕事に行くとか・・・
今朝は 運動のしすぎで足を故障し 出来なかったんだ とか・・・


で 杣が 『ポジションは?』と聞くと 「右ウイング!」
出たー! ウイング! 最近は ウイングという名称 使わないんすよねー
杣の世代が たぶん最後に知っている 現在は フォワードのことなんですわ


で 「君は どこのポジションだ?」と 聞き返されたのだが・・・
正式には “補欠”なんですが そんな単語知らないので
平気で 『フォワードだ!』と エイプリルフールを返しておきました・・・


その辺りから 『ヤン・ソンベ(先輩)と 呼ばせてもらいます』
ということになり 韓国映画やドラマの 登場人物の気分で
なれなれしく 『ソンベ ター クンナッソヨ 』 などと連呼しておりました


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


午後4時ごろ 2台の楽器を終了し 
ソンベの車に同乗し ヨイドへ移動
そこで 別れて 本日3台目のチェンバロだが・・・


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出たー! ペダル付 モダンチェンバロ!
やはり 韓国では こうでなくてはいけない!
驚き 桃の木 山椒の木 (古すぎる)


そんなこんなで 20時には ホテルに帰ることができ
今回は 酒を控えていたので 今夜くらいは と
鴨肉をつまみに ペクセジュを 飲んで参りました とさ


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当初の予定では 8台の楽器のメンテだったのですが
すでに 13台? マジかよ・・・


てなワケで 行ってきます (カッタオルケヨ)

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2008.04.01

再開はラッキーな春風

三日目も ハリキって 地下鉄3号線 「南部ターミナル駅」で下車し
「芸術の殿堂」なる すんげえ名称の場所まで歩き
その敷地にある 韓国総合芸術学校・・・ (正式名称忘れた) へ赴く


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以前もメンテしたことがあるチェンバロだが 今回も 弦が3本も切れていて・・・
半落ちで 錆びたアイアン弦 もっと弦が切れそうだったが なんとかセーフ
朝から ヒヤヒヤメンテで 眠気も吹っ飛びます


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オルガニストの オ教授所有のクラヴィコードも これで数度目の再会
韓国では 横山秀夫のファンが多いのか これまた「半落ち」
低音の巻線が調律中に1本切れ けっこうヘコむ・・・ というか 泣く


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5オクターブのクラヴィコードは 最低音の調律の時 やたら苦労することがある
左手で鍵盤を押し 右手で調律ピンへ 両腕を伸ばすと ほぼ限界の距離
嗚呼 西洋人って 体でかいんだろーなー (肩がつりそうになりました)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回 初めて 一人で昼食を食べることができ
学校の近くの食堂で サムゲタンをパクパク
朝鮮人参も入っているので スタミナがつく! と 自分に言い聞かせる


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タクシーに乗って ソウル・バロック・ミュージック・アカデミーの ホールへ移動
これまた 数年ぶりに再会した ちょっとモダンなチェンバロのメンテ
これがまた ちょっと どころか 結構ユニークで 手ごわい楽器


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鍵盤は1段 レジスターは 8フィートと 4フィート
この 4フィートの切り替えレバーが 鍵盤の下についていて・・・
足でも 操作できるぜ! ってことなのかしらん???


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ナニが厄介かというと プレクトラム(つめ)が レザー(皮)で 出来ている
何故か接着されてるので 交換は出来ないし
へたってるモノは 音が出ないし 音色を揃えるためには・・・


初めて この楽器に対峙した時 対処したのが 瞬間接着剤作戦
ピアノのハンマーのヴォイシングように まず皮を接着剤で硬くして
それから メスでほぐしながら 死にかけた皮を 再生


完全に皮がなくなってるジャックは 穴を開け 強引にデルリンを突っ込む
皮のツメに比べて 音色の差が激しすぎるので 
弦と ナット&ブリッジピンの間にクロスを挟み 弦の音色を変えてしまった


次回 再会する機会があって クロスがそのままだったら
この 音色の真似っこ作戦が 悪くなかった証拠になる と 思いたい
(というか 全部 ツメ交換したほうが いいんだけどなー)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


仕事が全部終了と思い込み タクシーを拾って ホテルへ向かう
運転手が 杣を日本人と知ると 急に笑顔になって
「娘が2年間 大阪にいた ちょっと待て」


そういうなり いきなり携帯で 娘へ電話し 
「今 日本人の客が乗ってるから 日本語で会話しろ!」
・・・娘も 杣も 固辞して お父さんは 恥ずかしそうでした


その時 杣の携帯が鳴り
「これから 漢陽大学へ行ってくれ! 調律師が待っている」
との連絡が入り 急遽 行き先を変更し 運転手は 再び張り切る!


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ハニャン大学の楽器(写真撮り忘れた)は 10月に来韓した
ピエール・アンタイが コンサートのために 自ら調整したとのことで
・・・ アハハ やられてましたわ


ケネディーの ミートケなんですが もう アンタイのやりたい放題
ハニャン大学の専属 ユン調律師が立ち会ってくれ
3時間近くかけ ようやく 弾き易くなって一安心


ユン調律師は 以前 この大学で会って
更に 去年の テグの 調律師世界大会でも会っていたらしく
様々な質疑応答を やりとりしながら 調整できました!


21時過ぎに 「一緒に夕食を食おう!」と誘ってくださり
プルコギを 御馳走になってしまいました


杣より 1歳年上の46歳ということで
「これからは ヒョン(兄貴)と呼ばせてもらいます」 というと
『いや 俺達はチング(友達)だ! パンマルで会話しろ!』と 御機嫌!


大学の 150台のピアノを 一人で調律しているらしく
調律事務室には ピアノの巻線や 修理の部品が溢れておりました!
いやー 同業者の仲間には 本当に元気をもらえるぜ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・


長くなりましたが 今日は エイプリルフールです
上記の文中に 嘘が ひとつだけ あります
ささやかなコトなので 流して下さい


では 行ってきます!

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2008.03.31

もはやラッキーにあらず

地下鉄3号線 「良才駅」から歩いて イ宅へ
日曜とあって 夫婦そろって 教会へ
杣は 留守番をしながらメンテを開始


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昨年12月に メンテした楽器なので たぶん楽勝だと思っていたが・・・
何故か ピッチがキレイに 半落ち じゃなかった 半音落ち
3度目の調律で ようやく安定してきて タッチの調整・・・


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同じく 半落ちのピッチを 安定させるが 弦が切れないかヒヤヒヤ
1段鍵盤なのに ちゃんと 8・8・4と3列あるので メンテは楽できず・・・
昼過ぎに 終了しかけたトコに 夫婦が帰宅 一緒に食事に連れ出される


豚肉の 茹でたやつを ハッパで挟んで食べる料理を 御馳走になる
料理名は 忘れたが うまかった


韓国ということもあって ニンニクを食べても 迷惑をかけないだろうと思って
生のニンニクを バクバク食べてみたのだが 午後になって 自分の息の匂いに
テメーが臭くて やや 卒倒しそうな強烈さだった・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


食後も 残りのメンテを終わらせ 車で迎えに来てくれた ハ宅へ移動
昔 どこかで会っているのだが 思い出せなかったので
セウカンにネズミの頭が入ってた話で時間をかせぎ 記憶をまさぐる

 
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そして 出た! 音が出ない楽器 登場!
何故か ピッチは 半音上がっており この1台だけで 4時間ちかくかかって
ようやく 演奏可能な状態に・・・ 韓国は こうでなくてはならない!


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一緒に晩飯を食おうと誘われるが それどころでなかったので辞退し
2台目のフレンチと 悪戦苦闘


全てが終了してみれば 時計は21時を とっくに回り
帰ろうとすると なんと ちゃんと 晩飯を残しておいてくださった・・・
ほとんど 視力が朦朧としながら パクパク


2号線 「永登浦区庁駅」まで送ってもらい 乗り換えてホテルへ
長時間のメンテは 腰と視力が かなり疲弊するようだ
12時間以上の 労働時間に 佐川並みだと 一人ゴチる


てなワケで 三日目を迎えました
行ってきます!


・・・・・・・・・・・・・・・


笛吹きちゃん&みやさま


リハ 本当にミアネヨ!
落ち着いたら ちゃんとメールします!
7月までに 楽器 完成させなきゃだよね・・・ がんばらなきゃ

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2008.03.30

ラッキー枯渇

今後の テメーのメモ代わりにさせていただきやす・・・


地下鉄を乗り継いで 2号線 「弘大入口駅」へ
2番出口で オと合流 車に乗って 自宅へ
まずは リサイタルで使うチェンバロを メンテ
 

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韓国としては 大きなトラブルが無い状態に属するものの
弾き難さは抜群で 本番前に来れて 良かった・・・
3時間ほどかけて とりあえず 滑らかなタッチへ調整


調律法は ゴールドベルク用の スペシャル音律
とりあえず いろいろ弾いてみてもらうことにして
昼食は 辛い魚の鍋「ファンテチム」を 御馳走になる


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昼食後 3号線「独立門駅」近くにある オのスタジオへ車で移動
なんでも 運送してもらったら 弾けない状態になっているという・・・
でたぞ! 弾けない状態! なんだ なんだ 


結論から言うと ジャックのロアガイドのネジが緩んで
ジャックが ムーミンのニョロニョロよろしく あっちこっちへ乱立状態・・・
それを知らずに治そうとした調律師が アッパーガイドまでいじったらしい・・・


こういう時 楽器を作ってみた経験が役に立つ (自慢してます ハイ)
鍵盤を引き出して 悪戦苦闘しながら とにかく解決・・・
初日から 未経験のトラブルに遭遇して ラッキー不足に陥る


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スタジオ終了の連絡を入れると 午前のメンテの楽器の ノイズが気になると・・・
タクシーに乗って オ宅へ戻る(オタクではない)・・・ 時 すでに19時
何故か まずは夕食を ということで 手造りのキムチを パクパク


スペシャル調律は 気に入ってもらえた様子
で ノイズは・・・ このノイズまでカットすると 鍵盤スティックの可能性が・・・
でも 本番までは韓国にいるので とりあえず消音作業


で 試奏を見て思いついたので 鍵盤の深さを浅く調整
ハッキリ言って こちらの方が ノイズ撲滅には はるかに効果的だった・・・
やっぱり 弾き方を見ないと ナニが起ってるか 分からんものだ


・・・・・・・・・・・・・・・・・


地下鉄を乗り継ぐ気力を失い タクシーで ホテルへ
で 運転手が 日本のドラマが好きとかで
いろいろなドラマの話をされるが・・・ 杣がテレビ見てないもんで・・・ ミアネヨ


しかし 運転手は 「涙そうそう」などをBGMで流してくれ
杣が 一緒に口ずさんでいると 運転手も一緒に ハミング!
かくして タクシーの中では ちょっとした カラオケ房状態で 日韓友好歌唱大会!


本当は トイレを我慢していて 「あわや殉職か?」と 
臀部の筋肉に 史上最大の力を込めて 抗っていたのですが
なんとかホテルについて トイレに駆け込んだ1日でした・・・ ふぅ


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2008.03.29

Mr.ラッキーな出発

ソウルは 朝から 雨


昨日は マジ ビビった
羽田発の飛行機 出発は 午後6時半と記憶していたので
4時半に到着できるよう 準備していた


しかし1時過ぎに 確認のため E-チケットを見直すと
出発は 6時半でなく 16時半・・・
ということは 14時半までに 空港に到着していなければならない・・・


やばい・・・ 遅刻だ!
というか どんなに頑張っても 出発1時間前 ギリギリになる
電車を乗り継ぎ モノレールに乗った頃には すっかり諦めていた


おまけに E-チケットには 「羽田I」と書かれているから
第一ターミナルに行ってみれば
「Iは 1ではなく インターナショナルのIですから 国際ターミナルへ どうぞ」


完全に パニクっていたが そこは ミスターラッキー
オシの強さで 搭乗し
2階建ての飛行機の 2階に座らせてもらった ガッハッハッハ


まあ 空中では 1階も2階も たいした違いはないのだが・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ホテルでは 予約していた部屋が インターネットが繋がらず
「電話した時に そういう約束だったハズだ!」と ダダをこね
回線のある部屋に 代えてもらった


しかし ジャックを繋いでも インターネットには 繋がらない
くたびれていたし 韓国語で説明することは 大儀だから
どうしようと 思っていた


で ふと 線をたどり ルーター(だったっけ?)を たぐりよせる
すると ランプがついてない
よくよく観察してみれば 電源の接触不良


なもんで 調律工具カバンから いろいろ取り出し
なんとか 電気が通る状態にし 固定してしまった!
つまり 1日で ラッキーを 2回も使い果たしてしまったのである


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そんなワケで 土曜のソウルは 雨である
これからは ラッキーは 1日1個にしようと思った
・・・ やば 早速 遅刻しそうだ 


行ってきます

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2007.12.23

師走の土産

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そんなワケで 氷点下の街から
南国の 大日本帝国に生還した
ハッキリ言って この国は 暖かい (今日はタマタマか?)


今回のミッションは かなりハードスケジュールだった・・・
なもんで いつも必ず顔を出す 南大門の ユニフォーム屋や
ソウルのアキバである 竜山のDVD屋にも 行けなかった・・・


土産が無い


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しかし 買物に行く時間は 無かったが
何も買わなかったワケではない
こんなモンを 買ってしまった・・・


場所は 南部バスターミナル駅の 5番出口
メンテとメンテの間に 通過したのだが
オッサンが 不思議なパフォーマンスを繰り返している


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座っている椅子の前にある ガラスに向かって
ブタらしきものを ベチャ! ベチャ! と投げつけているのだ!
ぶつけられたブタは ベチャ!と鳴くが オッサンはイタッて寡黙である・・・


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かつて甲子園を夢見た 元球児から 球速87キロで放たれたブタは
当然 ガラスの上で 変形というより 崩壊する
幸い 細胞同士の結束力は固く まるで逆境に強いパルチザンのようだ!


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タレパンダならぬ タレブタは
しかし この後 とんでもない回復力を見せつける!
それはまるで CGか はたまた セロが現れたかのような サプライズなのだ!


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3秒後 ブタは 元の形に回復しているのである!
そして オッサンは そのマルブタを オモムロに取り上げ
再び 時速74キロで ガラスに叩きつける


ひたすら これを 黙々と続ける
ブタは 何度も タレとマルを繰り返し マゾであることを証明し続ける
様々な職種を見てきたが こんな仕事が世にあるとは さすが韓国である!


買った!


言っておくが 決して 面白がったワケではない! 杣はサドではない!
「ストレス発散」とあるが その痛々しいブタが 哀れでならず
これ以上 被害豚が増加しないようにと 憐憫と博愛が 財布を取り出させた


で アジトで ブタを投げつけてみた
恐る恐る 心を鬼にして 痛くないよう手加減して 投げつけてみた


ブタは つぶれた


そして ブタは 回復した


よく見ると ブタは 笑っていた・・・


その笑いが 何故か憎らしく思え 再び投げつけた・・・ オモロイ!


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さて キンポ空港の免税店には
はたして 「明るすぎる家族計画」は 販売しておらず
これは 「その時」が到来した折に 薬局のひっそりとした自販機で買うことにした


テメーへの土産は ネクタイ
別に欲しかったワケでは なかったのだが
大好きなゾウが たくさん居たので 思わず買った


今回の韓国でも たくさんの悔恨と感動があった
折にふれ ここで紹介していくことになるだろう


そして このネクタイをしめる度に 今回のツアーを思い出そうと思う
ネクタイをしめる度に ビシっと 気を引き締めていこうと思う


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2007.12.22

明るすぎた家族計画

杣の記憶が確かなら その昔 「明るい家族計画」なるものは
薬店の前に うっすらと佇む 時代がかった自動販売機の中で
ひっそりと 「その時」を 待ち続けていたものだ


母親に 手を引かれていた 幼い時代から
その商品の意味が 分からずとも
あの 自動販売機が漂わすオーラには 違和感を感じたものだ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さて ここ大韓民国の地において
地下鉄の便所に入ろうものなら
時々 ユニークな 自動販売機に遭遇する


恐らく 男子便所にしか 置いてないと 勝手に推測しているのだが
女性便所に無いという確証は いまだ得られず
それを この目で確認しようものなら 異国において 手が後ろに回されそうだ


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写真が ややブレてしまったのは
なにも 照度と シャッタースピード 及び その技術の因果ではなく
こんなモンを 写している テメーの恥辱心の微振動が そうさせた


明るい家族計画は これほどに イメージチェンジを計り
ひっそり とではなく 堂々と 「その時」を待ち
日々のイトナミの中で 大活躍しているようだ


そのせいだろうか


ここ 大韓民国は 世界最下位の出生率に陥り
来る22世紀の 人口ピラミッドへの期待照度は 著しく暗く
それは 明るすぎた家族計画に照らし出された 影のようでもある


家族計画とは さほど 明るくないほうが
将来の社会というのは 明るくなるのかも知れない


・・・免税店に 売ってたかな・・・?

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2007.12.21

師走の邂逅

杣が 初めて韓国に来たのは 2001年の5月
それから なんやかやで 10回以上来韓し 
もう正確には 数えていない


もちろん 日帰りするわけではないので 必ずどこかのホテルに泊まる


最初が YMCA 次が カヤホテル
しばらく 仕事でもプライベートでも カヤホテルを使っていたが
2004年の コンヴェルスムのツアーで 初めて 今回も使用しているホテルに宿泊した


ホテルの名前 知りたい?
ん? 別に知りたくない? 
こっちとしては 言いたくないような 言いたいような・・・


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韓国語では Fを ファ行で発音しない! 何故か パ行になってしまう!
なもんで コーヒーは コピー  ゴルフは ゴルプ  フランスは プランス
ということは ポルテピアノ プレンド パック・ユー ・・・本当だよ!


でもって このホテルは 「ティパニー」


な? 
言いたくないけど 言いたい この恥ずかしい気持ち 分かるだろ?


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2004年 夏 杣は韓国へ 一人旅に出かけた
目的は ソウルで行われていた 韓国調律師協会主催のピアノフェアー&セミナー
そして 「8月のクリスマス」という映画の ロケ地訪問


その ピアノフェアーで 出会ったのが 当時の協会の ソ・サンジュン会長


そして 2度目に会長と会ったのが 同じ年の10月 ここホテル・ティパニーで・・・
コンヴェルスムのツアーの時だったのですが これが 大事件でした!
話すと長くなるので 今回は詳細割愛


その後 何度か お会いすることができ
今年は 5月の調律師世界大会 そして 9月の会長来日の時
そして 今夜(すでに昨夜の出来事ですが) なんと 御馳走になってしまいました!


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今回は メンテが どんどん増えてしまい
(予定が コロコロ変わるのが 正統で 伝統的な 韓国式!)
時間的に無理かも・・・ と思っていたので 3ヶ月ぶりの邂逅は 嬉しかった!


会長は (厳密に言えば 元会長なんですが)
今 新しいプロジェクトを計画していて 今回も その話で盛り上がりました
いよいよ4月には イギリスで ポルテピアノ収集に着手するとか・・・


そうそう 面白かった話のひとつに サミックのことがあります!


韓国で製作されている サミック(三益)というブランドの ピアノは
1955年に創業し 最初は なんと 「ホルーゲル」 というブランドだったそうです!
Hでよかったね Fだったら 「プルーゲル」になっちまって ブルーゲルとの区別が・・・


で そのサミックの 「三益」という言葉の意味ですが
「顧客・会社・職員」 この三者の益なんですと!
へえー クロックナー


ま 珍しいモノを 御馳走してもらいながら
とにかく 次から次と 楽器を中心に 話は盛り上がっていきました!
いやー 心も体も 満腹になるくらい 楽しかった!


あ ちなみに このホテルで 朝食を食べたことはありません・・・ 念のため


 

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2007.12.20

師走の行列

さて 母国では 偉そうに エヘンエヘンとしてる杣でありますが
韓国に来れば ただの便利屋であり 佐川より働かされます ヘーコラヘーコラ・・・
生身の人間扱いは されてません


本日も (というか この辺りから 1日ズレると思うから 昨日のこと)
がんばらせていただきました!
幸せであります! 寒いのに ええ もう あっちこっち・・・


で コンサートの楽器があるスタジオに
早目に到着できたので 今のうちに エサ じゃなかったメシを食おうと
徘徊していたら・・・ なんと スゲー行列!


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えー 一応 韓国マニアとして 勝手なこと言わせてもらいますが・・・


韓国人は 基本的に短気なので 
どんなに 美味い店でも 行列に並んでまで 食べるという印象はありません
というか 地下鉄のエレベーター以外に 韓国人の行列を見たことがありません!


かくいう杣も 超短気で 行列に並べませんが・・・


なもんで この行列は 韓国人のアイデンティティを 崩壊するほどの
美味い店が この先にあるのだ! などと 取材が始まるワケです!
これはもう 腹減った人間には 興味津々なワケですが・・・


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辿りついた先は ・・・投票所!


そう 本日は なんと
韓国大統領の 選挙だったんですね!
(なんで平日にやるのかな・・・?)


そんなわけで 美味い店は オアヅケで
数年に一度しかない 貴重な大統領選挙の現場に
偶然にも 遭遇してしまったワケであります!


・・・・・・・・・・・・・


しかし 投票所に行列を作る人々は けっこう不気味でした!


どこでも おしゃべりが好きな韓国人なのですが
投票所に向かう人々は お互い ライバル同士なのかどうか 分かりませんが
シーーーーーンと 静まり返っているのです!


行列する寡黙な韓国人・・・ というと
ジョークの言えるドイツ人 とか  
食えないモノがある中国人 というくらい 不思議な光景であります


ま それは さておき
マバラな記憶を 繋ぎ合わせてみますと
韓国の大統領の力というのは すごかった気がします


たしか 司法にまで 権力を行使できたと思うので
大統領になると 恩赦 特赦 などの大赦が生じ
なおかつ テメーの選挙違反なんかは 簡単に握り潰せたような・・・


日本では 勝てば官軍 ですが
韓国では 勝てば現人神 なわけです


まだまだ ヘーコラヘーコラな日々は 続きます・・・


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2007.12.18

師走の肝臓

朝 起きる 時計は7時


当たり前のようだが 奇跡に近かった
昨夜は サッカー部ハスミン支部の 忘年会
ワインのデキャンタを 記憶が無くなるまで飲み 帰宅してからもワイン1本完飲


極度の頭痛の片隅で 必死に脳を活用し
慌てて出張の準備をして 8時過ぎに出発し 羽田へ向かう


鉄のカタマリが フワフワ揺れている時
読んでいたのは 123便が 群馬に墜落した事故に関する小説・・・
だから 飛行機は嫌いだ! 


目的地に着陸し 恐怖から解放され ホテルへ直行 
そして 本日のメンテ


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おおぐま達がのっている コンサートを聞きに行きたくて
慌てて 地下鉄を乗り継ぐが すでに終了
冷たい夜風に ようやく 二日酔いが薄れてきた 


ま せっかく来たのだからと そのまま打ち上げに合流


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明日も仕事なもんで と 途中で退席し ホテルに帰り
ビールと百歳酒を しこたま飲んで うっすらと気が遠くなり始めた今
遠い昔 初めて覚えた韓国語を 思い出してしまった・・・


「スル モッコ チュッチャー!」


「酒飲んで死のう!」 って
こんな生活していたら 本当に死んじまいそうだ
不安が極限に達した時は ジンロで意識を薄めてしまうに限る・・・

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2007.06.03

祭りの後

大会二日目に ヤマハが世界に誇る
伝説の調律師 「東洋の魔術師」 
村上輝久のセミナーを 聞くことができました!


え? 77歳ですか・・・
いやー 実にお若いですなー!
どう見ても 76歳にしか見えません!

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4月の終わりから 約1ヶ月をかけての 
新作 F の製作も ギリギリまで がんばりました
1列だけですが 全ての音が出たのは 出発3時間前でした


新しいアクションは まだまだ不完全ではありますが
帰国してから きっちりと やり直し
新しい 鍵盤楽器の可能性を 広げていければと 思っております


未完成ながら チェンバロと共に 展示できたことは
なんだか 本当に 嬉しかったなー


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2日の チェンバロのセミナーには 杣のチェンバロと模型が使われて
少しは 役に立てたようで えがった えがった


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大会中 短い期間でしたが 本当に沢山の人と 交流ができました
今回の参加の 最高の御褒美で 最高のエネルギー源になりました


チェンバロ展示では KAPTから 「名前を表示しようか?」と 
何度も 言ってもらいましたが
個人を宣伝する意図など 全くなかったので 断り続けました


でも 楽器の説明は 知りうる限りの 韓国語と英語で
一生懸命 様々な人たちに することができました
つたない言葉でも 楽器があるだけで 説得力は 大きく違ってきます


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台湾の調律師達が 2011年のIAPBTの世界大会は 台湾で開かれるので
是非 またチェンバロを持ってきてくれ などと 熱いオファーをしてくれました
ウーム ムムムですが 金と時間をクリアーできれば 行こうかな・・・


日ピの会報の出版社 按可社の方とも お会いすることができました!
2000年以来 年3回の会報に連続投稿してるので すでに20回以上の駄文を
校正していただいたとあって もう 感謝陳謝恩赦で 恐縮しまくりでした・・・


初日の工場見学で 一緒だった 海外組の連中は
それぞれ ユーロ オーストラリア アメリカの 代表の方々だったらしく
冗談ばかり言って なれなれしくしていただけに ビビデバビデブーでした


なんてたって 「シーユー レイター!」 と言うと
『アリゲーター!』 と返す 洒落とギャグの連発で
どこまでが 本当のコト言ってるのか 分からないくらい 笑わせていただきやした


でも 彼らは 全く対等に付き合って 笑いあって
世の中には 「偉い人」がいるのでなく
「偉そうにしたい人」が いるだけなんだなー などと 改めて感じました


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さて 明日の昼には 大阪です
アジトに戻って 日常が復活します
日常のガンバリの連続が 一番 力を生むことも 今回 学びました


よーし フットサルも復活して
Fも 完成させて
夏に向けて リスタートしますか!


そうそう 憧れのミッチャンは・・・ 超多忙で
その後の展開は 皆無・・・・
いいもんねー 電話番号 知ってるし!


そんな 嬉しい 祭りでした とさ

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2007.06.02

会場の様子

今回の会場は テグの EXCOという 
どでかい建物の 5階を中心に 使用されていました
まずは 5階の 簡単な図です


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ホール1は シンポジウムや コンサート
レセプションやら セミナーに 使われていました


ホール2は スポンサーの 
ヤマハ サミック ヨンチャン コスモス