紫の先生
貴重な楽器だから
なんてことを言えば
全ての楽器は 貴重だと思うのだが
まあ 専任でメンテをしている身分故
写真撮影の際に 是非 立ち会って欲しい ということで
珍しく調律カバンも持たずに 大学へ行った
約束の時間の 少し前
貴重な楽器の入った 教室の前で佇む
やがて 職員の方が やってきた
ドアの前で 私は いちおう 「おはようございます」
先方も それに応えて 『おはようございます』
彼は 私が誰だか 知らない
そこへ 機材を抱えた 撮影チームが
ドカドカと やってきた
職員の方は 挨拶をして 説明に入った
『間もなく 調律の先生がいらっしゃいますので
それまで 楽器を動かせませんので
しばらく お待ちください』
ん? 調律? 私のことじゃないか
「あ 自分 調律の者ですが」
何故か 右手を挙げて 間抜けに答えた
職員の方は 驚き 私の頭から足までスキャンして言った
『調律の方がいらしてたので それでは 宜しくお願いします』
数秒で 調律の「先生」は 調律の「方」 という名称に変更された
紫のピチピチ長袖に 紫のポロシャツ
ジーンズに 紫のシューズ 紫のパラソル
おまけに 頭は ウルトラマンのような プチモヒカン・・・
どうみても 調律の先生とは思えない
黄色い救急車を 呼んでやりたくなるような
パープルな パープリンである
まあ そういうことには 慣れている
慣れなければ こんな恰好で
街を歩くことなんぞ できないのだから
4時間ほど 立ち会っていると
職員の方が 申し訳なさそうにやってきて
約束より 1時間以上 余計にかかる旨を伝えてきた
『先生 申し訳ないですが もう少し 立ち会っていただけますか?』
無論 私は構わないので 「OK牧場」 と言いかけたが
調律の方 から 調律の先生 に戻っていたので
「かしこまりました」と 紳士な微笑を浮かべて 答えておいた
私は元来 「先生」という呼称が 大嫌いである
調律学校で講師をしていた時でさえ
学生に 「先生と呼ぶな!」と ムチャな要求をしていたほどだ
この国では 悪意が無くとも
とりあえず「先生」と呼べば へりくだっている素振りができ
安っぽい謙譲を 取り繕うことが出来る
これは まるで
夜の帳が降りた歓楽街で 飛び交う
黄色い「シャチョーサーン」と 同じ薄っぺらさである
そんなワケで 私は 自分の仕事の呼称は
「調律屋」が 一番 適当だと信じている
「ちょっと そこの調律屋さーん」
などと 黄色く声をかけられたら
私は 間違いなく そのキャバレーに入ることだろう
The comments to this entry are closed.
Comments