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09. 09. 25

罵蚊と騎士道

夜長月に至って
長生きしてきた 蚊は
いずれも 精鋭ばかりである


なんといっても この夏の間
人間に殺められることなく
ここまで 生き延びて来たのだから


そのスピード 英知
いずれをとっても
簡単には 命を落とさない能力が結集されている


Img_2156


先日 私は 舞台の上で 調律をしていた
低い天井から 容赦なく照りつける照明は
楽器を30度以上に温め 湿度は30%代におとしめていた


休憩調律を コーフン状態の速度で
鼻の穴を膨らませ 
もはや 格闘という姿勢で 楽器と組み合っていた


そこに 薮蚊が やってきた


最初は 無視していたのだが
明らかに 私の生血を狙っていることが判明し
私は 鍵盤だけは左手で 音を出しながら
右手で ホバリングしてやがる蚊を つかもうとした


右手は 空を切った


薮蚊は 力むことなく
私の追撃を しなやかにかわし
なおかつ 執拗に 私にまとわりついた


コンサートの時 私の衣服は 露出度が低い
刺されるとしたら 手か 顔くらいなものである
まあ いいか 我慢しようと決意した


しかし ふと思った


この数分後 このイスに座るのは
露出が高いドレスを纏った 淑女である
演奏中に この罵蚊が 彼女を狙ったら・・・


演奏に支障が出るような事態は
なんとしても 防衛しなければならない
それが 調律師の矜持であり 責務であり 魂務である


やむを得ず
私は アレグロ連打の調律を しばし休憩し
淑女を守る騎士道精神のまま 罵蚊を追い回した


しかし これは 意味が分からなければ 
醜態であり 痴態であり ミステリーである


音を出し続けていた ステージ上の調律師が
いきなり 虚空を 睨み回し
空中を 何度もつかむ動作に転じるのである


気がふれたように 見えるかも知れない
新しい宗教に 見えるかも知れない
少なくとも ダンディな紳士には 見えないことだろう


それでも 私は 罵蚊を追った
執拗に追った
こいつを捕獲すれば 全てが解決し 安泰が約束されている


しかし 夜長月に至って
長生きしてきた 蚊は
いずれも 精鋭ばかりである


追いかけっこに 疲れた蚊は
ようやく 空中逃避をやめ
羽を休めてくれた 


今がチャンスである!


しかし 蚊が着地したのは
あろーことか 私の社会の窓の上だった・・・
全く関係ないのだが 今年は マツタケが安いらしい・・・ 


蚊は 心得ているのである
紳士が 決して 撃墜する為に
唯一 拳を振り下ろせない場所を・・・


逡巡 躊躇 葛藤・・・


私は さりげなく 視線を客席に移した
そこには 舞台上で モスキーダンスをする 調律師を
刺すような 氷点下の視線が 並んでいた


まさか ここで
テメーの股間を 
思い切り 叩くわけには いかないだろう


たとえ 淑女を襲う蚊を 撃墜できる唯一のチャンスだとしても・・・


私は 敗北した 私は 棄教した


静かに イスの上で 尻をモゾモゾさせてみた
しかし 蚊は 嘲笑するかの如く 
ダルマさん転んだ を 楽しんでいやがる


仕方なく 今度は もうちょっと 
尻を 大きく モゾモゾさせてみた
そして 蚊は 勝利の羽音をさせながら 消えていった


だから あえて 書いておきたい


私の あの舞台上の奇行は
悪霊に憑依されたワケでもなく
トイレを 我慢していたワケでもないのだ


その証拠に 後半のプログラムの曲間で
淑女な チェンバリストも
モスキーダンスを 踊っていたではないか! 

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