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09. 08. 13

あの夏の415 ⑤ アチョー!

13.VIII .1999


目が覚めたのは6時
筋トレして シャワーを浴びて
朝の散歩


駅で電話 ・・・成らず
しかし 帰りに ユースホステル発見!
駅前だから無理だと思ったが 何と4泊OK


朝食は パン2つ ぶどう バナナ


朝 郵便局により メールは4マルクだそうだ
先生のペンシオンに着き
タクシーで 音楽学校へ


ボム氏のミートケを調律 これも ピンが硬い
調律している時は ウームという楽器だったが
弾いているのを聞くと パワーは無理がない感じ
ベースがしっかりしている


Photo


1階(日本では2階)の練習室を 
借りている学生が来て 先生と話し込む
6万円を預かり 銀行へ両替の お使いを頼まれる


その前に ノイペルトのフレンチを調律する
ノイペルトはモダンピンで 比較的 調律しやすい
高音まで無理なく発音して 悪くない感じ


11時頃 調律を終えて 街を抜け 
駅まで20-30分くらいの 道のりを行く
駅で 時刻表をもらう


先生の両替をしなければ ならないので
また 街に戻り 銀行を探す 
無い 開いてない 断られる・・・WHY?


途中 Tr Hr Tu Tb の ブラスバンドの演奏を聴く
生き生きして playしてる音楽だ


ドイツバンクを見つけ 両替
そして 1回 外へ出て
今度は 自分の両替 5万円がドイツマルクへ


ユースホステルは たぶん 相部屋なので
慎重さが 求められる


屋台の ソーセージパンを 2.5マルクで昼食をとり 
音楽学校へ
先生は留守


戻ってきたと思ったら 何故 電話を入れない?とか
探しに街に行ってきたとか 怒っている 
約束は3時だし こっちは2時に戻っているし
その間は 先生の用事のために 数時間も歩いているのにだ


今 思えば 
もしかしたら 先生は 薬の影響があったのかも知れない


感情の起伏が 激しく
イワレの無いことで 勝手に怒られることが 続いていた
約束した時間の記憶も 勝手に 変えられることが 多々あった


健康な時から 感情の起伏は 激しい方だったので
当時は 先生の性格だと思って この後も 衝突していくのだが
もしかしたら 薬の副作用が 感情と記憶に 
なにがしかの 影響を及ぼしていたのかも知れない


2:54の電車に乗り ミュールハウゼンへ 4:23到着
4時半に ミュージアムが閉まるそうなので
とにかく ベンツのタクシーに 飛ばしてもらって セーフ!


ミュージアムの 目の前には 
バッハが 初めて オルガニストとして働いた ブラジスト教会!
そして コンサートをするホールも 14世紀のもの


歴史が 威張らず ごく 当たり前のように 積み重なって
沈殿して ひっそりと 息をしている
街ごと ひっそりと 息をしている


その密度の濃い静寂の中で
とても 深い宇宙というか 自然というか 
営みを感じた


泊まるペンシオンに 案内してもらい
夕食を ごちそうになった
初めての 温かい料理だ!


ロールキャベツに ジャガイモ
ジャガイモが美味い!
そして 野菜の酢漬け


8時半に ワイマールに着くそうだが
ユースホステルは 大丈夫だろうか
不安の中で 列車に乗る


どうやら 旅 四日目にして
初めて 温かい料理を食べたそうだから
食生活が かなり 貧しかったようだ


分かりにくいのだが
この旅のコンサートは 18日の1回だけである
その為に 2週間をかける旅なのである


この日 一度 ワイマールから ミュールハウゼンに来ているが
もう一度 ワイマールに帰って 数日を過ごす
恐らく 会場の下見のために 来たのだろう


ユースホステルに着くと
なんと 一泊しか予約されていない
朝 4泊と言った! と言うと 4泊できた


部屋番号は 415


4階の一番奥のロフト
ベッド テーブル イス 小さなクローゼットと 水道のみ
マジ?と思ったが 結構 この狭さが 心地良い


トイレとシャワーは 1フロアーに1個だけ
とりあえず シャワーを浴びて トイレを済ませ
洗濯をして 日本から持ってきた 針金ハンガーで 乾かす
朝のプラムをかじり しばらくしてから 外へ出る


部屋には天窓がある!
天窓から 外をのぞくと 
もう ハイジとか そういう世界!
屋根のヘリから ヨーロッパの町並みが見える!


この旅では 先生の荷物があるので
私は リュックに 作務衣を2セット 下着も2セット
そして 最低限の調律道具と 薬と 針金ハンガーと
1冊の遠藤周作 そして この日記帳だけ 入れて来た


作務衣に 雪駄の姿で ワイマールを歩いていると
ドイツ人から 「お前は スペイン人か?」と 何度か声をかけられた
私が 『いや 日本人だ』というと 「それじゃ 空手を見せてくれ」と言う


私は 空手など 知らない
しかし せっかく ドイツ人とコミュニケーションなので
あいわかった と オモムロに瞳を閉じた


もちろん ジャッキー・チェーンの映画で見た
なんだか 怪しい 拳法の 空真似である
よく 小学生がやってる アレである


しかし 目をつむり 手を前で合わせ 
静かに深く呼吸をして 空気を変えると
ドイツ人たちも 笑顔が消え 真剣なマナザシになった


いつの間にか 人だかりが出来て
私は ハァーなどと 声を出しながら
似非ジャッキーを 数分 舞い続けた


終わって 手を合わせ 深く お辞儀をすると
盛大な拍手に包まれ 私は ようやく笑顔に戻った
恐らく 私の生涯の中で あれだけの拍手に包まれることは 2度と無いだろう


とはいいつつ 内心 ヒヤヒヤしていたことを 告白しよう
もし 本当に 空手をやっている人や 日本人がいようものなら
私の空手が 偽者だと すぐに見分けられただろうし
下手すれば 嘘つき日本人として そのまま ガス室に送られたかも知れないのである


まあ 作務衣という服装に 助けられたことは 間違いない

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