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08. 09. 04

1992年7月26日 オフィシャル

アジトに帰宅すると ポストには 厚めの封筒が入っていた
「来たー!」
夕立に濡れながらも そのまま パソコンを起動させる


Img_2200


京都の調律師 まーちゃんが 贈ってくださったDVDである


数日前 ミクシーの 大橋ピアノのコミュで 
まーちゃんが 前から見たかった 
NHK放送 大橋ピアノの番組のビデオをゲットした というレスがあった


そして その番組を DVDに焼いて わざわざ 贈ってくださったのである


実は 自分も この番組を リアルタイムで見てはいない
しかし 親に頼んで ビデオに録っておいてもらっていたので
テレビがあった はるか昔に 何度か見たことがあった


しかし 今は もう どこかに消えていて
まさか もう一度 映像で 大橋ピアノの工場が見れるとは 思ってなかったので
早速 ビショ濡れのまま パソコンの画面に 釘付けになった


そして 今 2.0の視力も ビショ濡れである


Ohhashi

1992年7月26日 午前11時30分 NHK放送
新日本探訪 「音 いつまでも ~浜松・ピアノ町工場物語~」


この番組では 昭和33年に設立した 大橋ピアノ研究所の
2代目 大橋巌社長が 1991年10月30日に他界し
とし子夫人と 残された職人達が 
ピアノ造りに捧げる 最後の日々の ドキュメンタリーである


自分は 1991年3月23日に 大橋ピアノを退社し
その 3ヶ月後の6月 巌社長が 倒れたという報せを 聞き
半年後の10月末 巌社長の訃報を知る


日本の 最後の手作りメーカーといわれた オーハシ
その最後の最後に オーハシ・ファミリーと
年配の職人達から しごかれた世代になる


Photo


大きなサボテン 昭和30年代のまんまの オオハシの工場
毅然とされている とし子未亡人の しゃべり
大正生まれの鈴木さんの ぎこちない しゃべり
よく 可愛がってもらった 鉄工の神門さんの 愛くるしい表情


泣きました


なもんで 今は まだ うまく説明できません
でも 決意しました


オオハシでの修行時代 
自分は ピアノの製造過程を ほとんど写真に収めていました
時々 怒られながらも・・・


長くなるだろうけど やはり 当時の写真を
連載で掲載しなければ・・・


オオハシのピアノは 今も いろいろな家庭で
静かに 和らかく 歌っているハズです
その 生まれてゆく姿を 伝えていかなければ・・・


当時は ナンとも思ってませんでしたが
時間が経つと 本当に いい環境で 勉強させてもらっていたんだと
あらためて 感動し 感謝してます


そして この番組が 放送されていた日
偶然ですが 自分は 浜松にいたのです
明日へ 続きます


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Comments

楽しみにしていますっshine

Posted by: 笛吹きちゃん♪ | 08. 09. 04 at 오후 9:59

↑同じく、楽しみにしていますっ♪

Posted by: ichigokko | 08. 09. 05 at 오전 12:00

Dear 笛吹きちゃん ichigokko

楽しみにされました・・・

Posted by: 某閑人 | 08. 09. 05 at 오전 6:26

DIAPASONは、大橋ピアノさんですよね?
高校時代から弾いているGP・・・
30年来の我が友ですが、何人もの調律師さんが
「名器ですよね」とか
「懐かしい!」と
おっしゃっていました。
私も、某閑人さんのこの企画、楽しみです(^▽^)/
ルーツを辿る旅・・・・

Posted by: Peko | 08. 09. 05 at 오후 12:12

Dear Peko
ディアパソンは 大橋の先代が設計して 作っていて
そこを辞めてから 自社ブランド OHHASHI を設立したみたい
先代の設計は 基本的には ベヒシュタイン・ベースなんだけど
グランドでは ヤマハのNo20なんかが 凄く銘記!
これからも ピアノと仲良く 生きていってくださいね!

Posted by: 某閑人 | 08. 09. 08 at 오전 9:17

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