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08. 08. 05

苦い思い出

別に 先祖が ゴン狐だったワケではない
平賀源内も 尊敬している
しかし 杣は 普段 ウナギを食わない


それには もちろん 理由がある


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遠州 浜松は小豆餅に 「なかや」 という うなぎ屋がある
大橋ピアノで ピアノ製作修行していた頃・・・ そう 平成が産声を上げた頃
同じ寮生に連れられて 初めて 「なかや」の暖簾をくぐった


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カウンターに9席 あとは 4人がけのテーブルがひとつ
夫婦二人による 十分なサービスに適した大きさの 店内では
その どこからも うなぎを捌く調理場を 眺めることが出来る


注文を受けてから ヒョイとウナギを掴み 鮮やかに捌く
そして 焼かれ 蒸され タレと共に 再び 焼かれる
その無駄の無い動きと 香ばしい匂いに 待ち時間も充実してくる


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数年ぶりに お会いしたマスターは 
不思議なことに ぜんぜん年を取っていなかった!
この分では 近いうちに 杣のほうが 追い越してしまいそうである・・・


話を伺ってみると 自転車で 毎朝数十キロ 走っているそうだ
なるほど 若いワケである
もう 20年ほど 病気もしていないと言う・・・ 凄すぎる!


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そうこうしているウチに うな重が 目の前に登場する
お吸い物には 胃 腸 肝臓といった 肝が入っている


箸で うなぎを 縦に裂き 一口サイズに切断して ほおばる


香ばしく 鮮明な輪郭の歯ごたえ 
そして ふっくらした 重和音のような肉感が続く
タレの滲みた御飯も 最高のコンティヌオとなっている アンサンブル


通常なら 本を読みながら食事をしたがる杣であるが
ここ なかやでは 鰻のハーモーニーに 恍惚とさせられ
ただただ 沈黙に憑依され 黙々と食することに専念してしまう


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今回は うなぎ土佐 と称する料理も 御馳走になった
白焼きの鰻に 香草がふんだんに降積しており
生姜と土佐酢の清涼感・・・ まったく新しい 鰻の可能性に 唸ってしまう


途中 小さな 生の胆嚢も 馳走になる
プリっとした表皮を 噛み砕くと 
ギッシリとした苦味と ほのかな甘みが 口中に広がる


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ふと 浜松に赴き うなぎを喰らいたくなったら
駅前で 50番のバスに乗り 「小豆餅」という停車場で 降りるとよい
「なかや」の看板は バス停の数メートル先に ひっそりと佇んでいる
極楽浄土への 片道切符は 僅かに 310円である


ただし あえて言っておく


「なかや」は 罪深い店でもあるということ
ここで 一度でも うなぎを食するなら 
幸福は束の間で 地獄が永遠に続く


他の店で うなぎが食えなくなってしまうのだ


ま その覚悟があるのなら 諌めはしまい
その覚悟を 持たずに 20年前 暖簾をくぐったばかりに
杣は なかや以外で 鰻を食えなくなってしまったのだが・・・


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