ピアノを造っていた頃
いつか ちゃんと連載する 予定なんだけれど
なかなか 文章を したためる時間が 無い
杣は 調律学校を卒業して
浜松の 大橋ピアノ研究所 という製作所で
2年間ほど ピアノ製作の 修行をしていた
5人の職人達は 大正生まれの ロートル ベテランばかりで
杣は とにかく 力仕事が必要な時には
いろいろな部署から 呼びつけられ 手伝わされていた
基本的には 弦を張る工程の前後を 担当していた
月に 12台くらいの アップライトを製作し
夏と冬には グランドピアノを 製作していた
わずか 6人の 手作りのピアノ工場
杣が この工場を卒業して 僅かヒトツキ後
社長が 入院してしまい
半年後には 他界してしまった・・・
大橋ピアノは 今はもう無い
日本の 手作りピアノの 最後の最後に
たまたま 杣は 研究生として もぐりこむことができた
そして その経験が 今 どれだけ 財産になっているか・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
学生時代には
宇都宮の イースタイン というメーカーに見学に行ったり
夏休みには 浜松のクロイッツェルに 体験入門させてもらったりした
ピアノ製作に 携われた ギリギリの時代だった
ピアノ大国 日本も
また 新たな展開をしていくのだろう
大きなメーカーには 出来ないコトを
小さなメーカーが 補って
そうやって とれていたバランスも 今は昔
オーハシで 最初の一歩を 踏み出したせいなのか・・・
自分は いつまでも マイナーでいたいと思う
小さくても やりたいコトを やれるスタンスで いたいと思う
それは お金や 名声では 決してなびかない
ロートル ベテラン達が 常にこだわっていたことだった
製作現場の オーハシは 無くなったが
ピアノは 今でも存在する
そして オーハシの精神も 今でも 存在している
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Comments
なんか、暇そうですねえ。昨日は、美味しそうなビール、ありがとうございました。実は、今日は栃木に来ており、まだ呑んでいないのですが。あっ、もう12時過ぎてしまった。おしまい。
Posted by: おおぐま | 06. 12. 04 AM 12:02
見てしまってコメントしないわけにはいかないだろうというわけで。
ウシシシシ。
過去と言えば、OHASHIピアノのお話、カメのように首を長くしてお待ちしてます!
おおぐま様、先日はビーバーの件で大変お世話になりました。本当にありがとうございました。明日(!)の提出に向けてラストスパートです。
Posted by: がたまり | 06. 12. 04 AM 12:07
入るべくして入られた・・・というか、なんか導き(宗教くさいですかね?)というか、神様がその2年間をあらかじめ用意されてたみたいな感じ・・・。
いつかオーハシさんでのお話載せてくださいね。楽しみにしています。
Posted by: ちいちゃん | 06. 12. 04 AM 9:41
To おおぐま
遅くなりましたが 123の誕生日 祝賀ハムニダ!
しかし 若いですよね・・・
30代 半ばくらいかなと思ってましたよ・・・ホントに
ではでは 須坂で お会いしませう!
To がたまり
卒論 おつかれ!
がたまリミット って言葉・・・
自殺でもしちまうんじゃないかって ビビってました!
ま あれだけ 恋人のノロケを 書いてるくらいだから
その心配は 杞憂でしたがね・・・
運命ね・・・ チャールモゴッスムニダ!(ゴチソウサン)
To ちいちゃん
オーハシの回想録は
やっぱり ちょっとリキんじゃって
簡単には 書けないんだよね
それくらい 大切で かけがえのない時代でした・・・
あ 11日の3班の研究会 行く?
厚木だから 近いんじゃないかな?
杣は 遅刻気味で 行く予定です!
Posted by: 某閑人 | 06. 12. 09 PM 2:40
うーんと、案内が来てないようなので、たぶん班違いですかね。
何班だっけ私・・・。(爆)
Posted by: ちいちゃん | 06. 12. 10 PM 10:51
はじめまして^^
大橋ピアノ研究所で検索してここにたどり着きました。
現在大橋ピアノの購入を検討中です。
調律師さんの目から見てやっぱり大橋ピアノはいいピアノなんでしょうか?
Posted by: あこや | 07. 08. 29 PM 3:01
こんばんわ、大橋ピアノ研究所の回想録を読ませていただきました。東海地区在住ですが、大橋ピアノの調律に来ていただけますか?
Posted by: みやび | 08. 05. 26 PM 11:50